40年近くかけて神経症性障害を乗り越えたものの、母親の介護で大変な日々の思いを発信しています。アニメの研究による博士号取得は、しばらくお休み。

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「ヒーローは悔いないもの」と見つけたり─破嵐万丈とキャプテンハーロック

私が生まれ育った地方では、1970年代末まで、民放のテレビ局は2局しかなかった。
そのため、日本テレビ系や、今でいうテレビ朝日系のテレビ番組は、放送されないことが多かった(今でいうテレビ東京の番組など、何をか言わんやである)。見たいのに見られないアニメ作品も、少なくなかったのである。

そうした、見られなかった作品の多くは、大人になってから、ソフトを購入ないしレンタルしたり、CS&BS のアニメ専門チャンネル等で、視聴するに至っている。

そんななか、先日も、巨大ロボットアニメ研究のうえでは外せない佳作『無敵鋼人ダイターン3』(1978-9)を、鑑賞することができた。
紙の資料ではさんざん目にしており、評論も読んでいたが、やはり実物を見聞きするのは、違う。
オープニングの歌も、動いている映像とともに聞くと、印象は大きく変わってくる。

本作の主題歌「カムヒア!ダイターン3」(作詞:日本サンライズ企画室/作曲:渡辺岳夫/編曲:松山祐士 /歌:藤原誠)は、次のように歌う。

***********
涙はない 涙はない
明日に ほほえみあるだけ
***********

この作品の主人公である波嵐万丈(はらんばんじょう)は、非常に重く、辛い過去をもっている。にもかかわらず、そのことをおくびにも出さず、常に明るく前向きで、スタイリッシュに振る舞っている。
今は亡き父親との葛藤といった心の問題も、最終話に少し見せたのみである。
(そういった、人の内心と外面的な行動の二面性を示し、人には他者にははかり知れない内面があることを描出した点が、この作品が高く評価される理由のひとつであるわけだ。)

その最終話を見たうえで、この歌を聞くと「なるほど。ヒーローとは、このようにあるものなのだな」と感じた。
この歌の作詞は、日本サンライズ企画室となっているが、実際は総監督の富野自身の作だという説が、有力である(http://kaito2198.blog43.fc2.com/blog-entry-1215.html?sp)。
作者が考えたヒーロー像とは、このようなものであるのだと。

そういえば、若き日のキャプテンハーロックを描いたアニメ映画『わが青春のアルカディア』(1982)の主題歌、「わが青春のアルカディア」(作詞:山川啓介/作曲:平尾昌晃/編曲:矢野立美/歌:渋谷哲平)でも、このように歌われていた。

***************
前だけを見つめて おれは旅立つ
終ったきのうに 悔いはないから
***************

長く愛されるヒーローとは、過去を悔いないものなのかもしれないと、あらためて思った。
確かに、ウジウジと悔いてばかりいる、後ろ向きなヒーローなど、少なくとも正統派の主人公には少ないだろう。

自分も、できればこんな風にありたいと思う。
だが今の私は、これらの歌を心底から歌える心境でいられることは、少ない。

中学生の頃、『100万年宇宙の旅 バンダーブック』(1978)の「過去は変えられない。だが、未来は書き変えられるんだ。今からでも、遅かぁないんだぜ」というセリフを聞いて、確かにその通りだと思った。
それからはずっと、この言葉を座右の銘にしてきた。

けれど今の私は、通りすがりの人から、この言葉を使って説教されてしまうような、状況にある。
他者に「この言葉を教えてあげなければ」と感じさせてしまうような言動を、してしまっているわけだ。
(本ブログの過去記事を探せば、そのようなコメントが書き込まれている記事を、見つけることができるだろう。)

現実を生きる私は、なかなか、アニメヒーローのように、雄々しくあることはできない。
それでも。たとえ、心底から同感して歌うことはできなくても。
これらの歌を口ずさむことは、私をよい方向へと向かわせていくのだと、信じたいと思う。
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omment

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コロン URL | 2018/03/04 09:38 [ 編集 ]

No title
> コロンさん

ダンケ!
(同数の文字で、返信してみました。)

ハナさん* URL | 2018/03/04 12:29 [ 編集 ]

No title
ハーロックはマーヤやゾル、トチローといった多くのかけがえのない人がいない喪失感を埋められない。万丈はメガノイドを滅ぼしても、父の呪縛から抜けることが出来ない・・・・・・。

そうした消せない傷を受け止めながら生きる=死に場所を探しているというのが痺れる要因だと思うし、だからアウトローヒーローの輝きは消えないのだと思えます。

zaiaios URL | 2018/03/04 12:42 [ 編集 ]

No title
> zai*iosさん

この文章を記して思ったのは「特定の枠(今回は、メンタル系の人生論・ヒーロー論)に当てはめて文を書くと、本来の作品理解からはズレてしまわざるを得ない」ということです。

世にある「〇〇学でアニメを読み解く」系の本と同じ過ちを、私も犯してしまったというか。
ただ、今の私には、こうした切り口での理解が必要だったわけです。

「傷を受け止める」という言葉。私の中からは出てこなかったものです。
消えるはずのない傷、癒えない傷を、なかったことにする、忘れようとする、紛らわせる=逃げるのではなく、正面から向き合う、引き受ける。そしてそれにとらわれない、負けない。
辛い過去というものを、重荷の比喩で考えることが多かったので、この言葉の発見は有意義です。

『アルカディア』の主題歌って、単体の歌・人生論としては素晴らしいのですが。
ハーロックの心理を描いたものとして見ると、?と思う点が多々ありますね。
ハーロックにとって、マーヤとの愛って、そんな「はるかな過去のひとつ」程度のものなの?とか。
全体的に、この歌詞には陰影がなさすぎるというか…。

ハナさん* URL | 2018/03/04 18:51 [ 編集 ]

No title
〔続き〕
あと、この文章では、グッドサンダーチームの話も入れたかったのですが、うまく収まりませんでした。

珠玉のドラマ編LP『闇よ美しくあれ』のサバラスのセリフ。
「人にはそれぞれ、それなりの過去がある。ズシリと背中に重いものだ。だが、今さら語るのもわずらわしい」
に対して、ブンドルが、
「だからこそ人間は美しい」
と言うあたり。

ハナさん* URL | 2018/03/04 19:06 [ 編集 ]

No title
私もしょっちゅう色々なセミナーを聞いています。

その中の好きな言葉は~~

運命は自由に変えられる!

他人を幸福にしなければ自分の幸福は有り得ない!

人は神と獣の中間生物であり どちらかにもなれる!

他人を許すこと!怒るのは自分の不幸を招く!!

などなど です。(^o^)

ネビィラ 71 URL | 2018/03/04 19:27 [ 編集 ]

No title
> ネビィラ 71さん

コメント、ありがとうございます。
挙げていただいた4つの言葉は、どれも古くから語られてきている、普遍的で、特定の学派・思想・宗教に限定されないものですね。
いずれも、真理だと思います。
(3つ目の、パスカルの言葉を挙げる方は、あまり多くないと感じますが。)

ただ2つ目の言葉は、本当にそうだと思いますが、真面目に受け止めすぎると、「自分の最低限必要なことまでも疎かにして、無理に他者のために尽くす」という結果を招き、色々と問題を生じますね。

ハナさん* URL | 2018/03/04 21:40 [ 編集 ]

No title
> ハナさん*さん

以前あしあとありがとう御座いました。

アニメから得られることって大人になって改めて見たりすると含蓄あるんですね!
私は「シティハンター」見て冴場様みたいなひとにあこがれて、よく登校したものです。昔はいじめられっこでしたから(苦笑)

tukiyonotakasan URL | 2018/03/06 01:22 [ 編集 ]

No title
> tukiyonotakasanさん

コメント、ありがとうございます。

『シティーハンター』の主人公も、普段はおちゃらけた感じだけれど、実はスゴい過去をもっているんですよね。
アニメのヒーローに憧れて、それを心の支えにして、現実の生活を送るということ、ありますね。
私なんか、今でもそうしています。
そのことも、近いうちに記事にしたいと思っています。

ハナさん* URL | 2018/03/06 19:39 [ 編集 ]


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プロフィール

ハナさん*

Author:ハナさん*
2019.5.26付けで、Yahoo!ブログから移行してきました。
上記日付より前の記事は、Yahoo!ブログで書かれたものです。

移行から2年経過したのを機に、ブログタイトルを変更いたしました。
あわせて、紹介文も更新。

*代用ゲストブックあり
「カテゴリ」からどうぞ

〔ブログ紹介文〕
誰もが、たやすく発信者となれるネット時代。

文章で社会改革ができると思い込んでいたのは、若さゆえの過ちにすぎない。
けれど。
それでもまだ私は、文章を公表することは、無意味ではないと信じたい。

私がここに記すのは、単なるつぶやきの類いではない。
社会に向かって訴えたいこと、公表する意味があると思えることのみだ。
若い頃のように気負い込んで、大声で叫ぶことはできないけれど。

病気ではなく、障害でもなくても。諸々と生きづらい、おひとりさま介護の日々においても、光を求めて!

〔自己紹介〕
高校1年で発症した神経症性障害(身体表現性障害[身体症状症]その他)を、40年近くかけて乗り越える。
校正者として、非正規雇用勤続30年。数年前から校閲の仕事も行う。

1990年代、森田療法の研究で学士号取得後、カール・ロジャーズの直弟子が講師であるカウンセラー養成講座で単位取得。
地元の民間心理相談機関でセラピストのインターンとなり、各種心理療法を学修するが、自分は援助職には向いていないことを痛感。

アニメーションの研究で修士号取得。
博士課程・単位取得満期退学。
現在、博士論文のテーマを再検討中。専門は、巨大ロボットものの予定。

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