40年近くかけて神経症性障害を乗り越えたものの、母親の介護で大変な日々の思いを発信しています。アニメの研究による博士号取得は、しばらくお休み。

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三連続で、人の情けが身にしみた件

先日、車いすを押して、母を、自宅近くの歯科医院に連れていった。

今まで通っていた歯科医院は、車いすでの通院が困難であった(玄関前に階段があり、スロープがついていない。車いすタクシーの業務時間と、診療時間の相性が悪い、等)。
そのため、今回から、徒歩で行くことのできる歯科医院に、変更したのである。

その通院において、なんと三連続で、人の情けが身にしみる体験をした。その、貴重な体験について、記してみたい。

1. 通りすがりの中学生
その歯科医院は、公道から駐車場に入るところが、割と急な傾斜になっていた。



それでも、この程度なら、車いすを押して上るくらいのことはできるだろうと、斜面を上り始めた。
目で見る限り、それほどキツい傾斜には見えないからである。

だが。
60kgオーバーの母を乗せた、やや大きめの車いすを、40kgの私が押して上るのは、想像以上に力の要ることであった。
あと、ほんの数歩のところで、それ以上は動かなくなってしまい、立ち往生してしまったのである。

「真っ直ぐには上らずに、少し蛇行すれば上がるだろうか」と、試行錯誤して、悪戦苦闘していたら。
若い男(の子)の声で、
「お手伝いしましょうか?」
という声が聞こえた。

ふと見ると、学生服を着た男子中学生が、脇に立っていた。
その辺りは、近くの中学校の通学路になっている。時はちょうど、中学校の下校時間であった。帰宅途中の中学生が、私の困った様子を見かけて、声をかけてくれたようだ。

結局、その中学生の手は、ほとんど借りることなく、最後の数歩を上り切れたのではあるが。
それでも、そうやって「通りすがりの人に声をかけてもらった」ということ、情けをかけてもらえたということを、とてもうれしいと感じた。

2. 他の受診者たち
そうやって、なんとか歯科医院の敷地内に入り、玄関扉を開け、中に入ったのだが。そこには、次の関門が待ちかまえていた。

玄関ホールから待合室に入るところは、10cmくらいの段差になっていた。段差の高さをやわらげるため、補助のステップは置かれていたが、スロープにはなっていなかった。
車いすにとっては、2つ以上の段差が、とても迷惑なのである。高めの段差1つの方が、まだマシなのだ。

「困ったなぁ、どうやって上がろうか」と、内心、困惑していたら。
待合室にいた患者さんの1人が、すっと立ち上がり、
「お手伝いします」
と、声をかけてきた。
すると、それにつられるように、他にも2人の患者さんが立ち上がり。
結局、3人がかりで車いすを、あっという間に引き上げてくれたのである。

何というか、ごく自然に、当然のように手を貸してもらってしまった。
こんなことは初めてであったので、やや面食らいながらも、見知らぬ人々のやさしさを、しみじみと味わった。

3. 通りすがりの女性ドライバー
母の歯科診療は、無事に済んだ。帰りは、歯科医の先生自ら、母の車いすを押して、玄関まで下ろしてくれた。
だが、玄関を出れば、最後の難関が待っていた。
先程、上るのに途轍もなく苦労した斜面を、今度は、安全に下らなくてはならないのである。

少しでも油断すると、一気にすべり落ちてしまいそうな斜面を、後ろ向きに、少しずつ下りる。自分の全体重を前にかけて、少しずつ、少しずつ、足を後ろに運ぶ。
それは、かなりの重労働であり、かなりの時間を費やすことだった。
やっと、あと数歩で斜面を下り切る、というところで。今度は、背後から、女性の声がした。
「大丈夫ですか?(お手伝いしましょうか?)」
と。

その時は、ほどなく最後の数歩を下り切ることができたため、
「下りられました。ありがとうございました」
と、返事をしたのだが。

どうもその女性は、私が車いすで斜面を上ろうとしているのだと思い、声をかけたようである。

その女性は、私が大丈夫だとわかると、道端に停めてあった車に戻っていった。

つまり、その女性は。
車の運転中に、たまたま私の姿を見かけ、車いすで斜面を上れなくて困っているだと思った。そこで、わざわざ車を停めて車から降り、声をかけてくれた。そのように思われるのである。

これには、本当に、じーんとした。「人のやさしさが身にしみる」とは、こういうことを言うのかと、あらためて痛感した。

こんな風に、1日に3回も、人の情けというものを感じる体験をしたわけだ。1回だけでも、十分に感動的なことであるのに、なんと、三連続である。

昨今は、「日本人のモラルは、低下したのではないか」「思いやりのない世の中になってしまったなぁ」と感じてしまうような報道を、あちこちで見聞きするが。

私の周りは、いい人ばかりではないか。日本人、いや、信州人か(?)は、まだまだ捨てたものじゃない。

嫌なニュースも、あとを絶たないけれど。多くの一般庶民は、まだまだやさしい人が多いのだ。思いやりや人助けの心を、失ってはいないのだ。
そんなことを、つくづくと思わされる出来事であった。

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テーマ : 介護
ジャンル : 福祉・ボランティア

C

omment


介護していた時、ちょっとした親切を受けると、うれしかったのを思い出します。
私の場合、家族の受診対応をしていて、ちょっとした困難に遭遇し続けていくと、少しずつ鬱々とした気分になってました。
けど、こうした善意を向けられると不思議とそうしたことが帳消し…とまではいけないけど、軽くなりましたね。

歯医者内の「2つ以上の段差」も面倒だと感じるのですが、斜面で車いすを押すのは上りも下りも大変ですよね。
仕事でも利用者を外出させる際、斜面は緊張しますし、特に降りる時は怖さを感じます。
だからこそ、女性ドライバーの行動は私もドライバーなので見習いたいと思いました。
普段、どうしても明るい話題よりも嫌なニュースが目につくので、暖かい気分になりました。

その…この話題を出して良いのかな…と迷いながら書くのですが、『逆襲のシャア』の「だから、世界に人の心の光を見みせなけりゃならないんだろ!」って思える記事でした。

八手3 URL | 2023/02/19 21:14 [ 編集 ]

Re: 八手3さん
コメント、ありがとうございました。

車いすを押す際の困難については、やはり経験者の方のほうが、よくおわかりになりますよね。
私自身、自分で実際に押してみるまでは、車いすを押すというだけのことが、こんなにも大変で、技術の要ることだとは、思いもよりませんでしたから。

> この話題を出して良いのかな…と迷いながら書くのですが、

全然、構いませんよ。
私にしてからが、本文中に、「そんなことはない! みんないい人ばっかりだ」を入れようかとも思ったくらいですから。
ごく一部の人にしかわからないネタなので、結局、入れませんでしたが。

ハナさん* URL | 2023/02/19 23:50 [ 編集 ]


T

rackback

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プロフィール

ハナさん*

Author:ハナさん*
2019.5.26付けで、Yahoo!ブログから移行してきました。
上記日付より前の記事は、Yahoo!ブログで書かれたものです。

移行から2年経過したのを機に、ブログタイトルを変更いたしました。
あわせて、紹介文も更新。

*代用ゲストブックあり
「カテゴリ」からどうぞ

〔ブログ紹介文〕
誰もが、たやすく発信者となれるネット時代。

文章で社会改革ができると思い込んでいたのは、若さゆえの過ちにすぎない。
けれど。
それでもまだ私は、文章を公表することは、無意味ではないと信じたい。

私がここに記すのは、単なるつぶやきの類いではない。
社会に向かって訴えたいこと、公表する意味があると思えることのみだ。
若い頃のように気負い込んで、大声で叫ぶことはできないけれど。

病気ではなく、障害でもなくても。諸々と生きづらい、おひとりさま介護の日々においても、光を求めて!

〔自己紹介〕
高校1年で発症した神経症性障害(身体表現性障害[身体症状症]その他)を、40年近くかけて乗り越える。
校正者として、非正規雇用勤続30年。数年前から校閲の仕事も行う。

1990年代、森田療法の研究で学士号取得後、カール・ロジャーズの直弟子が講師であるカウンセラー養成講座で単位取得。
地元の民間心理相談機関でセラピストのインターンとなり、各種心理療法を学修するが、自分は援助職には向いていないことを痛感。

アニメーションの研究で修士号取得。
博士課程・単位取得満期退学。
現在、博士論文のテーマを再検討中。専門は、巨大ロボットものの予定。

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