40年近くかけて神経症性障害を乗り越えたものの、母親の介護で大変な日々の思いを発信しています。アニメの研究による博士号取得は、しばらくお休み。

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2年ぶりに、母にシャワー浴をさせることができた件

一昨年の秋、病病介護短歌として、

世の中の介護の基準充たせないそれがわが家の現実と知れ

と詠った。
https://flowerhill873.blog.fc2.com/blog-entry-444.html

認知症が進んできた母は、「デイサービスに行って、お風呂に入れてもらおう」と言えば、「家で入るから、いい」と言い張って、デイサービスには絶対に行かない。
かといって、家で自力で入浴できるわけではなく。私が入浴させようとしても、「自分で、(身体を濡れタオルで)拭くから、いい」と言い張って、浴室に行こうとしない。
とはいえ、口ではそう言っていても、自分で清拭ができるわけでもない。汗まみれのまま、「身体が、かゆい、かゆい」と言っている。
それでも、絶対にデイサービスには行かないし、家で入浴もしない。せめてものシャワー浴すら、ある時期から拒否し続けるようになったのである。

介護者の身体を清潔に保つという最低限のことが、わが家では、どうしてもできないのだと思い切ったのが、一昨年の秋であった。
一昨年の夏以降は、ごくごく稀に行う清拭以外、入浴はおろか、シャワー浴すら行えなかった。

たとえ毎日ではないにしても、週に何度かは入浴するのが普通であり、入浴が週に1回などと言えば、「そんな不潔なことでどうするのだ」と言われてしまうのが、今の世の中であろう。
何週間どころか、何カ月も、1年以上も、要介護者を入浴させられないとは。なんてヒドイ介護者であるのかと。母が「かゆい、かゆい」と言うたびに、自分の至らなさを責められている気がした。

本人が嫌がる以上、無理にデイサービスに連れていくわけにはいかない。介護スタッフの方々も、当人の意に反して、引きずってでも連れていく、などという真似はできない。
それは、家でも同じことだ。嫌だ嫌だと言い張る母を、浴室まで引きずっていくわけにはゆかない。いや、引っ張っていこうとして取っ組み合いになったら、私は、自分の1.5倍の体重である母には、勝てないのだ。

担当のケアマネも、困り果てていたわけだが。この春から、1つの対応策として、週に1回、訪問看護の形で、看護師に足湯などをしてもらうことが決まった。
ゴミ屋敷がある程度改善され、家の中に他人を入れても大丈夫な状態になったからである。

とりあえず最初は、足湯と爪切りから始め。回を重ねるごとに、ドライシャンプーや着替え、清拭等々と、行うことを増やしてゆくことで。知らない人に肌を見られるなんて……といった抵抗感を、徐々に減らしていった。

そして今回、7回目にしてようやく、母を浴室まで連れてゆき、シャワー浴をさせることができた。
一昨年の夏から、およそ2年ぶりの快挙である。
私だけでは、到底なし得なかった。やはり、看護師という専門職は違う、というところである。

さらに言えば。そうやって身体を清潔にする習慣がついてきたのか、本日も、母の求めに応じて、足湯を行うことができた。垢やら角質やらが溜まりまくって、もう、医者に連れていくのもためらわれる状態だった母の足が、かなりきれいになってきた。これなら、医者にも連れていける。

母を入浴させられない、最低限の清潔を保つことができないという、長年にわたる懸念がひとつ、解消された。母の介護に関する悩みがひとつ、解決されたのである。

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テーマ : 介護
ジャンル : 福祉・ボランティア

Tag : 介護  認知症  ゴミ屋敷 

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| 2022/07/06 15:12 [ 編集 ]

Re: 非公開コメントさん
最初にコメントを読んだ時には、とてつもなくズレた理解のオンパレードだと感じました。
そして、なまじ知識や経験があるから、それらを補って読んでしまい、結果として正しくない理解になってしまうのかと思いました。

その、「とてつもなくズレた理解をなさっている」ということに関し、どうやってお伝えしたものかと悩み、今日までリコメができずにおりました。

けれど。今回あらためて、自分が書いた記事といただいたコメントを読み比べてみたら。
「あのような記事の書き方(生じた事柄のまとめ方)からすれば、ああした理解が生じるのも仕方ない」と、思い直しました。

記事を書く時は、起こったことを、ただズラズラと経時的に全て記すのではなく、記事のテーマによって取捨選択し、執筆意図に沿って並べ、一定の視点のもとに記します。

そうやってまとめられた記事の記述内容は、私の日常的な生活実感とは異なることが、しばしばあります。

いただいたコメントは、私の日常的な生活実感や、現実に生じたあらゆる事柄の総体や、因果関係からすると、ズレたものでした。
けれど、記事に書かれたことのみからすると、適切な理解や推測であったようです。

その点に、コメントをいただいた時点では、気づくことができませんでした。
記事を書いてから、コメントをいただくまでにかなりの間があったことも、理由の一つでしょうが。やはり、かなり疲れていたということなのでしょう。

ハナさん* URL | 2022/08/07 17:23 [ 編集 ]


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Author:ハナさん*
2019.5.26付けで、Yahoo!ブログから移行してきました。
上記日付より前の記事は、Yahoo!ブログで書かれたものです。

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あわせて、紹介文も更新。

*代用ゲストブックあり
「カテゴリ」からどうぞ

〔ブログ紹介文〕
誰もが、たやすく発信者となれるネット時代。

文章で社会改革ができると思い込んでいたのは、若さゆえの過ちにすぎない。
けれど。
それでもまだ私は、文章を公表することは、無意味ではないと信じたい。

私がここに記すのは、単なるつぶやきの類いではない。
社会に向かって訴えたいこと、公表する意味があると思えることのみだ。
若い頃のように気負い込んで、大声で叫ぶことはできないけれど。

病気ではなく、障害でもなくても。諸々と生きづらい、おひとりさま介護の日々においても、光を求めて!

〔自己紹介〕
高校1年で発症した神経症性障害(身体表現性障害[身体症状症]その他)を、40年近くかけて乗り越える。
校正者として、非正規雇用勤続30年。数年前から校閲の仕事も行う。

1990年代、森田療法の研究で学士号取得後、カール・ロジャーズの直弟子が講師であるカウンセラー養成講座で単位取得。
地元の民間心理相談機関でセラピストのインターンとなり、各種心理療法を学修するが、自分は援助職には向いていないことを痛感。

アニメーションの研究で修士号取得。
博士課程・単位取得満期退学。
現在、博士論文のテーマを再検討中。専門は、巨大ロボットものの予定。

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