40年近くかけて神経症性障害を乗り越えたものの、母親の介護で大変な日々の思いを発信しています。アニメの研究による博士号取得は、しばらくお休み。

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障害認定を受けられる方がうらやましい?─炎上必至? アブナイ本音

勤務先に、障害者雇用枠で発達障害(より詳しい分類は不明)の20代女性の方が雇用されてから、かなりの月日が経過した。
その方の入社に際しては、同じ係であるため、私のようなヒラのパート社員も、障害の特性に関する説明を受け、同僚としてやっていく上での配慮を求められた。主任や管理職などは、もっと詳細な配慮をしているのであろう。

それを機に調べてみたが、発達障害の方に対する就労支援としては、様々な施策が講じられているようだ。
勤務先でも、定期的に職場適応援助者(ジョブコーチ)らしき人が訪れて、当人の話を聞いたり、管理職に環境調整の指導をしているのを見かける。
そうした支援・配慮の甲斐あってか、その方はトライアルを無事に終了し、本採用になったらしい。

このような事柄に遭遇すると、私の中で、最近はなりを潜めていたある思いが、黒雲のようにわきあがってくるのを、とどめることができない。
それはつまり、こういうことだ。

「様々な支援を受けられる障害者の方(障害認定を受けられた方)が、うらやましい」

私は、長年精神疾患を患ってきてはいても、障害認定を受けられるほどには、症状が重くなかった。
そのため、就労に際しても、何の支援も受けられず、とてつもない苦労をした。
フルタイムで働けるようになろう、正社員としての雇用を勝ち取ろうと、無理をし過ぎて、身体の病気で死にかけたこともある。
そして結局、50歳を過ぎても、薄給の非正規雇用のままである。

一部には混同している方もいるようなので、念のために記しておくが、身体表現性障害とか社交不安障害というのは病名であって、こうした精神疾患の者がイコール精神障害者というわけではない(こうした誤解が生じるからこそ、最新版の精神疾患分類・日本語版では、「障害」を「症」と呼び変えているのだろう)。

例えば、障害者基本法では、障害者の定義は次のようになっている。
******************
第2条
一  障害者 身体障害、知的障害、精神障害(発達障害を含む。)その他の心身の機能の障害(以下「障害」と総称する。)がある者であつて、障害及び社会的障壁により継続的に日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける状態にあるものをいう。
******************

ならば、精神障害とは何かといえば、精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(精神保健福祉法)では、こう定義されている。
******************
第5条  この法律で「精神障害者」とは、統合失調症、精神作用物質による急性中毒又はその依存症、知的障害、精神病質その他の精神疾患を有する者をいう。
******************

つまり、精神疾患があって、そのために日常生活や社会生活に相当な支障が生じてしまっている者、ということになる。その支障・制限の程度によって、障害認定の等級が1級から3級に変化するわけだ。
仕事柄、障害認定申請の際に提出する書類のひな型を目にする。それを見ると、これではやはり、私程度の状態では認定されないと感じられる。

障害認定を受けられるほどには、症状が重くない、状態が悪くない。それは、喜ぶべきことなのだろう。
そんなことは、わかっている。百も承知だ。

それでも、障害認定を受けた方が支援を受けているのを見聞きすると、どうしても、「支援を受けられてうらやましい」との思いを、禁じ得ない。
(「わかっていないからこそ、そんな気持ちになってしまうのだ。わかっていたら、そんな思いにはならないはずだ」と、決めつけてくる方に対しては、「ああそうですか、すみません。人間の心理に関する見解の相違ですね」と答えるしかない。)

支援を受けている方のことを、どうこう言う気は全くない。支援を受けている同僚に、含むところなどない。自分が、ほしくても得られなかったものを得ているからといって、うらやましいという以外の気持ち、悪感情を抱いてはいない。

この国の福祉制度は、まだまだ十分ではなく、障害者の方々への支援も、行き届いてはいないだろう。
ましてや、決して軽くはなくても、認定を受けられる程に重くもないという者に対する支援など、ありはしない。
ボーダーラインという、福祉の手の届かないところで、非常な困難を覚え、苦しんでいる者が存在するのだ。

その事を伝えたくて、炎上必至かもしれない本音を、語ってみた次第だ。


※付記:「自分は精神障害者の認定を受けられない」という前提で話をしてきたが、ここに来て、認定を受けられる可能性が、僅かだが浮上してきた。結果はまだわからない。
この機会を逃したら、認定を受けられない者の苦悩を、語れなくなってしまうかもしれない。そこで、思い切って記してみたわけだ。
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C

omment

No title
初めて訪問させて頂きました
最初に「ゆりさん」が鍵コメされていたようですが、名前を出したくなかったのでしょう その場合 何時何分様とか 何時何分の内緒様とかいう 書き方をすると「あぁ私への返信だ」と解るし他の方もハナさん*の御意見を 閲覧できるので そのようにされては如何ですか? 皆さん そうされていますよ

炎上させる気は有りませんが私は精神障害者3級の認定を受け、障害年金3級を受けています 金額は1月に63000円位です

病名は「うつ病」です 今は極度の睡眠障害で朝から昼くらいに入眠できます そして 1時間とまとまった睡眠が出来ず グダグダと夜7時か8時位には 起きます 起きた時の体調の悪さは半端では有りません 例えていうなら「物凄い二日酔い」のような症状です ゆえに 例え夜の仕事が有ったとしても それをこなす事は出来ません

障害年金なんか要らないから せめて ハナさん*位 体調が回復して欲しいです 私はハナさん*が羨ましいですよ・・・

YOU URL | 2017/10/02 01:49 [ 編集 ]

No title
> 10/2 午前 0:21 内緒様

コメント、ありがとうございます。
鍵コメへの返信を鍵コメですると、コメをくださった方にも読めないので、オープンコメで失礼します。
宛名については、YOU さんのご助言どおりにさせていただきました。

そうなのですか…。
それは、お辛いですね。
認定がおりれば、そうした枠での雇用も望めるのでしょうが。
必死でがんばれば何とかできる者は、自分で何とかしろ…ということなんですかね。
認定がおりるか否かは、診断書の記述次第という面があり「認定を受けるための申請書の書き方講座」のようなものも存在する世の中とは、いったい何なのだろうと思います。

ハナさん* URL | 2017/10/02 02:01 [ 編集 ]

No title
> YOUさん

鍵コメへの返信(宛名)に関するアドバイス、ありがとうございました。
鍵コメへの返信を鍵コメにすると、コメントをくださった方にも読めなくなってしまうので、どうしたらよいかと悩んでおりました。
こういう方法があったのですね。

いただいたコメントについての返信は、後日、あらためてさせていただきます。
とりあえず、お礼だけ申し上げます。

ハナさん* URL | 2017/10/02 02:10 [ 編集 ]

No title
> 10/2 午前 1:08 の内緒さん

リコメが大変遅れて、申し訳ありません。待っていただいたお陰で、どうにか復調することができました。

認定を受けられても、よいことばかりではないとは、私も感じております。
障害認定を受ける=スティグマ(烙印)を受けることと感じてしまう方も、少なくないと思います。
内緒さんご自身にも、そんな面があるのでしょうか。

認定を受けられる状態なのかもということで、認定のメリットとデメリットについて、少し調べてみました。
そして、「メリットだけでデメリットなどはない」と語る、認定を受けている方のブログを見つけました。
この方には、烙印の感覚は全くないようです。
何というか、時代が変わったという思いを抱きました。
当人も周囲の人々・社会も、障害者であるということを、烙印ではなく、個性として捉えられるようになるのが、理想的なのでしょう。

私がうらやましいと感じるのは、あくまで、支援・配慮を受けられるという点に関してです。
それ以外の点について、自分が認定を受けられる方より恵まれているということは、重々承知しているつもりです。

ハナさん* URL | 2017/11/19 20:55 [ 編集 ]

No title
> YOUさん
リコメが大変遅れ、申し訳ありません。

私が、認定を受けられる方をうらやましく思うのは、あくまでも就労支援や職場での配慮を受けられる、という点においてのみです。
障害年金については、別にうらやましいとは感じません。
そして、多くの点において、自分が認定を受けられる方々より恵まれているということも、理解しています。

けれど。たとえそうであっても、やはり私は、その点に関してのみは、うらやましいと感じてしまいます。
正確に言えば、「認定を受けられる方が」ではなく「支援・配慮を受けられる方が」ですね。それが、たまたま障害認定を受けた方だったというだけで。

例えば、大富豪で容姿端麗・頭脳明晰、健康な人がいたとします。
けれどその人は、親の愛に恵まれなかった。そんな人が、たとえ貧しくても、とても仲のよい親子のことをうらやましいと感じてしまう。
そういうことは、あるのではないでしょうか。
人は、自分がほしくても得られないものを得ている人を、うらやましいと感じてしまう。
これは、仕方のないことだと思うのです。人間とは、そうした身勝手なものなのだと。

ハナさん* URL | 2017/11/19 22:00 [ 編集 ]

No title
僕も認定を受けていますが 受けていない障害者が多数と想像できます どうでしようか 受けられた方が 幸せなら 受けられないか 相談だと思います。

たていす URL | 2017/12/01 15:34 [ 編集 ]

No title
> たていすさん

申請をすれば、認定を受けられるはずなのに、認定を受けると障害者という烙印を押されてしまうように感じ、それが嫌で、あえて申請しない方もいるようです。
認定を受けられるなら、受けた方が幸せになれるのかどうかは、結局は、本人が決めることなのでしょう。

また、認定を受けられるかどうかは、申請書や医師が書く診断書の書き方も、関係してくるようです。
同じような状態でも、書き方によって、認定を受けられたり受けられなかったりという、差が生じてしまう。それは、おかしなことだと感じます。

ハナさん* URL | 2017/12/03 01:43 [ 編集 ]

No title
> ハナさん*さん
来年あたり基準統一される予定らしいです いままでは都道府県ごとに認定の高低差があり 同じ診断書でも 隣では認められて こちらの県では 認められないという ことがあり 最大六倍認定が違っていました。

たていす URL | 2017/12/03 16:32 [ 編集 ]

No title
> たていすさん

そうなのですか。
それで、現在のような不公平が減ればよいですね。

発達障害も、自治体によって、認定の対象になるか否かの扱いが異なるとか。
そうした、住んでいる地域によって違いが生じてしまうようなことは、何とかならないものかと思います。

ハナさん* URL | 2017/12/03 18:24 [ 編集 ]

No title
> ハナさん*さん
不公平はダメですが 地域差はなんとなく 中央集権から離れていて 独自と 考えると どうなんでしよう 地域ごとに 自治あってもいいと 思います だから ダメな自治体から 引っ越しという 意思 示したらと 考えています。

たていす URL | 2017/12/04 18:18 [ 編集 ]

No title
> たていすさん

地域差については、どうなんでしょうか。
地方の方が手厚い・認定基準がゆるいとか、地方独自のよさがあるならよいのですが。
実態は、単なる(悪い)地域格差でしかないのではないか、という気がします。
最新の記事に書いたゴミ出し支援制度も、政令指定都市=大きな自治体では、導入率が高いのですよね。

独り暮らしの大人なら、引っ越すという、選択の余地もあるでしょうが。
家族がいたり、まだ子どもだったり、勤務先を変えられなかったり、無収入だったりすると、難しいと思います。

やはり最低限のところは、日本中どこに住んでいても、平等に、格差なく享受できるべきだと感じます。
その上で、その地域ならではの、よりよい制度を受けるために引っ越すというのなら、よいと思いますが。

ハナさん* URL | 2017/12/04 19:24 [ 編集 ]

No title
> ハナさん*さん
東京なら保育所がないから 杉並から引っ越すようなものですね もうじき 限界集落の崩壊も止められず 消滅自治体半分と言われています その時が 本当に自治体の力量が問われる と 考えています。

たていす URL | 2017/12/05 16:07 [ 編集 ]

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このコメントは管理人のみ閲覧できます

| 2019/12/14 20:46 [ 編集 ]


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プロフィール

ハナさん*

Author:ハナさん*
2019.5.26付けで、Yahoo!ブログから移行してきました。
上記日付より前の記事は、Yahoo!ブログで書かれたものです。

移行から2年経過したのを機に、ブログタイトルを変更いたしました。
あわせて、紹介文も更新。

*代用ゲストブックあり
「カテゴリ」からどうぞ

〔ブログ紹介文〕
誰もが、たやすく発信者となれるネット時代。

文章で社会改革ができると思い込んでいたのは、若さゆえの過ちにすぎない。
けれど。
それでもまだ私は、文章を公表することは、無意味ではないと信じたい。

私がここに記すのは、単なるつぶやきの類いではない。
社会に向かって訴えたいこと、公表する意味があると思えることのみだ。
若い頃のように気負い込んで、大声で叫ぶことはできないけれど。

病気ではなく、障害でもなくても。諸々と生きづらい、おひとりさま介護の日々においても、光を求めて!

〔自己紹介〕
高校1年で発症した神経症性障害(身体表現性障害[身体症状症]その他)を、40年近くかけて乗り越える。
校正者として、非正規雇用勤続30年。数年前から校閲の仕事も行う。

1990年代、森田療法の研究で学士号取得後、カール・ロジャーズの直弟子が講師であるカウンセラー養成講座で単位取得。
地元の民間心理相談機関でセラピストのインターンとなり、各種心理療法を学修するが、自分は援助職には向いていないことを痛感。

アニメーションの研究で修士号取得。
博士課程・単位取得満期退学。
現在、博士論文のテーマを再検討中。専門は、巨大ロボットものの予定。

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