40年近くかけて神経症性障害を乗り越えたものの、母親の介護で大変な日々の思いを発信しています。アニメの研究による博士号取得は、しばらくお休み。

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グレーゾーン短歌2首:どれ程に努め勤めて務めても……


どれ程に努め勤めて務めても人並みでないなら責められる

黒でないなら白だなと決めつける人の辞書には灰色はなし


精神疾患を乗り越えるために、死にものぐるいの努力を、何十年も続けてきた。実際に一度は、無理をしすぎて、身体の病気で死にかけたこともあった。
 そういった、この上もない努力の末に、たとえ非正規雇用とはいえ、「社会復帰を果たした」と言っても構わないであろうだけの、勤務実績を積み上げてきた。

 それでも。既に社会復帰は果たしたとか、もう病気は治ったと言うしかないであろう状況であっても。それは決して、心身に何の苦痛も存在しない=健康で元気であるということを意味してはいない。

 様々な理由で家事能力を喪失した母から、ゴミ屋敷と化した生家の家事を引き継ぐとともに、歩行不能で認知症の母を在宅で介護する。
 それは、毎日の勤務だけで疲れ果て、自分の身の回りのことをするだけで精一杯の私にとって、心身の許容量をはるかに越えた事柄だった。

 たとえ今の世の中には、働きながら家事をこなす(それどころか子育てまでこなす!)兼業主婦が、数多く存在しようと。兼業主婦に比べれば、夫の世話をしなくていいだけ、楽なものでしょうと言われても。

 社会人としての務めを果たすだけで、疲れ果ててしまう私には、たった一人で、ゴミ屋敷の掃除と日々の家事と母の介護をこなすことは、オーバーワークであり、「私が3人いなければ無理」な話なのである。

 例えば病気であるのならば。仕事で疲れ果ててしまい、家事をする余力がないのも仕方がないと、許してもらえるのかもしれない。例えば障害であるのならば。「そういう人は、片づけられないんだよね。障害なら、仕方がないよね」と、大目に見てもらえるのかもしれない。

 けれど。どれだけあがいても、障害という診断が得られる程ではなく。病気も、既に治ってしまったと言うしかない、今現在の私においては。「○○なんだから、仕方がないよね」と、言ってもらえるものがない。
 身体が弱い? 性格的な問題? AC? はたまたHSP?
 少なくともそれらは、世間の普通の人々からすれば。

 そんなの単なる甘えでしょ。努力が足りないだけだよ。自分がこうであるのを自分以外の何かのせいにして、何かを言い訳にして、逃げているだけでしょ。自分を変えようとしないからいけないんだよ。

……ということにしかならない。

 たとえどれだけ努力して、死にものぐるいで勤務を続け、家事も介護もその他諸々、ありとあらゆることに、必死でがんばってきたとしても。自分にできる限り、可能な限りの最善を尽くしてきたというのに。
 その結果、仮に数値化するならば、-280が-110になるくらいの、進歩・向上・成長・改善を果たしてきたのに。

 世の中というものは。それが-である以上、-というダメな存在であるとしか、見ない。ものスゴい努力の結果、170も向上したということを、ほめたりはしない。
 +20の人が、+100になったならば、80も向上したんだ、スゴいね・偉いねとほめ讃えるくせに。+ではなく-である者は、評価には値しないというのか。

 例えば-120だった者が、死にものぐるいの努力の果てに、±0の地点にたどり着いたとしても。それはやっと、人並みのスタートラインに立っただけであるのだから、120も向上した努力は、見過ごされてしまうわけだ。

 この世に生まれ落ちる人々は、みなそれぞれに、様々な理由で、異なるスタートラインに立っている。いや、立たされている。
 -80から始めた人が+80に至ったなら、その160の向上は、おそらくはかなりの努力の賜物である。だが。+40から始めた人が、たった80の向上で+120に至ったならば。

 世間で評価されるのは、+120の人であろう。+80の人は、+120の人の2倍も向上しているにもかかわらず、その向上が、評価されることはない。表に現れた最終的な結果、それが全てである。
 半分しか向上(おそらくは努力も)していない+120の人が、自分の倍も努力している+80の人に向かって、「あんなのは、努力が足りないんだよ」とうそぶく。そんなことすら起こり得る。

 それが、世の中というものである。

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テーマ : モノの見方、考え方。
ジャンル : 心と身体

Tag : 介護  精神疾患  ゴミ屋敷  認知症  非正規 

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プロフィール

ハナさん*

Author:ハナさん*
2019.5.26付けで、Yahoo!ブログから移行してきました。
上記日付より前の記事は、Yahoo!ブログで書かれたものです。

移行から2年経過したのを機に、ブログタイトルを変更いたしました。
あわせて、紹介文も更新。

*代用ゲストブックあり
「カテゴリ」からどうぞ

〔ブログ紹介文〕
誰もが、たやすく発信者となれるネット時代。

文章で社会改革ができると思い込んでいたのは、若さゆえの過ちにすぎない。
けれど。
それでもまだ私は、文章を公表することは、無意味ではないと信じたい。

私がここに記すのは、単なるつぶやきの類いではない。
社会に向かって訴えたいこと、公表する意味があると思えることのみだ。
若い頃のように気負い込んで、大声で叫ぶことはできないけれど。

病気ではなく、障害でもなくても。諸々と生きづらい、おひとりさま介護の日々においても、光を求めて!

〔自己紹介〕
高校1年で発症した神経症性障害(身体表現性障害[身体症状症]その他)を、40年近くかけて乗り越える。
校正者として、非正規雇用勤続30年。数年前から校閲の仕事も行う。

1990年代、森田療法の研究で学士号取得後、カール・ロジャーズの直弟子が講師であるカウンセラー養成講座で単位取得。
地元の民間心理相談機関でセラピストのインターンとなり、各種心理療法を学修するが、自分は援助職には向いていないことを痛感。

アニメーションの研究で修士号取得。
博士課程・単位取得満期退学。
現在、博士論文のテーマを再検討中。専門は、巨大ロボットものの予定。

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