40年近くかけて神経症性障害を乗り越えたものの、母親の介護で大変な日々の思いを発信しています。アニメの研究による博士号取得は、しばらくお休み。

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西洋身体医学的には「健康」と言われることを、受け入れるに至った件

先日、勤務先の保健師から、「『私の健康法』的なことを語ってくれないか」と言われた。私は、グループ企業内で「健康診断の結果がオールA(異常なし)」の、最高齢者であるからと。

各種健康診断や人間ドックの類で、「異常なし」という結果が出るのは、2割以下(資料によって数値が異なるので、明確な数字は出さない)だと言われる。
特に50代になると、血圧・血糖値・コレステロールなど、いわゆる生活習慣病の指標となるようなものは、「正常(範囲)値」を外れやすくなってくるようだ。

だが私は、健康診断や人間ドックで、こういったものが異常値を示したことがない。
神経症性障害(身体表現性障害)のさなかにあり、数多くの身体症状に苦しんでいた若い頃ですら、健康診断の結果は「何の異常もありません。いたって健康です」というものだった。

そしてそれは、身体症状をある程度乗り越え、自分の健康にあまり気を使わなくなってからも同じだった。そろそろ生活習慣病が気になるはずの年齢になっても、健診結果はいつも「オールA」であり、件の保健師にほめられていた。

昨年の健診結果通知には、講評欄に手書きで「同じAでも、1ランク上のAです」とか、書かれていた。
言ってみれば、A+とでもいうやつだろうか。値が正常範囲を外れていないあり方が、ギリギリではなく、悠々ということだろうか。

今までずっと、健康診断でこうした結果が出るたびに、とても嫌な、悲しい思いをしていた。
こんなにも身体の調子が悪く、様々な症状を感じているのに。身体がとても辛く、苦しくてたまらないのに、どこも悪くないとは、なんてひどい話か、と。
自分の身体症状は、身体的な異常によるものではなく心因性のものだと、よくよく理解していたから、「異常なし」という結果を疑うことはなかった。
ただ、その事実が辛いと感じていた。
身体が辛くて辛くてたまらないのに、健康診断の結果のみを見て、「あなたは健康です。素晴らしいです」と言われるたびに、内心、「ふざけるんじゃねぇ」と思っていた。人の苦しみも知らずに、何をトボけたことを言っているのかと。

だが今回、冒頭に記した保健師の言葉に対して、さほど心が揺らめかなかった。「健康法と言われても……特に何もしていませんよ」などと答えながら、心の中で「西洋身体医学的には健康かもしれなくても……」と、ブツブツと別のことを考えたりもしなかった。
身体の不調に関するとらわれを脱し、「病気」という言葉を手放すに至った
https://flowerhill873.blog.fc2.com/blog-entry-497.html
今となっては、「自分の身体は、西洋身体医学的には健康である」という事実を、素直に受け入れられるようになったみたいである。

保健師との会話は、「つまり、そういう体質だということなんですかねぇ」というところに落ち着いた。まぁ、そういうことなのであろう。

様々な面が過敏で自律神経系が不安定であり、疲れやすく、各種の身体の不調を呈しやすい。
だがその代わり、無理はできずに身体をいたわるから、本当の病気にはならない。「無病息災」や「一病息災」ではない「未病息災」とでもいう状態。それが私という存在の、身体のあり方である。

身体の不調ゆえに、生活に大きな支障が出てしまっている間は、「これが病気じゃないなんて、なんて酷い話なんだろう」となってしまうが。
身体の不調と共存し、生活上の支障や主観的な苦悩がなくなってしまえば、「病気じゃなくてよかった。身体に異常がなくてよかった」ということになる。

そんな、自らの心境の変化を、如実に知ることとなる一幕であった。

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テーマ : 健康
ジャンル : 心と身体

Tag : 身体症状  心因 

C

omment


健康なのは喜ばしいことなのでしょうが、これまで苦しんできたことが顧みられず、そのことに感謝しなければいけない雰囲気を作られたようで複雑な思いがあったように感じましたが、治療を受けられ不調と共存していかれるのですね。
5月の終わりごろにブログのタイトルを変更されたのに気づいて、その後に書かれた記事を読んで素晴らしいことだと感じておりましたが、こうした変化を記事に記して頂き参考にもなりますし、元気を頂けますね。

トギエモン URL | 2021/06/12 23:36 [ 編集 ]

Re: トギエモンさん
コメント、ありがとうございました。
返信が、とてつもなく遅れてしまい、申し訳ありません。
あちらでお伝えしていたように、校閲の仕事が立て込んでいて、非常に大変だったということもあります。ですがそれ以上に、とても返事をしづらい状況というものがありました。

> 治療を受けられ不調と共存していかれるのですね

というのは、なんか、あまりにも違うのですよね。
この件については他の記事で、

「自分のことを病気だと思う必要がなくなった」とか「病気という言葉を手放すに至った」というのは、具体的にはどのようなことであるのか。
そういったことを、素人の方に説明してもわかりにくいだけであると思う。
だから、ただ単に、一念発起して本格的な治療を受けた……結果、「病気が治った」という理解でも、別に構わない。その程度の理解でも、大きな問題はないと感じる。

と書いたように、詳しい説明を放棄してしまっているので。
こうした、非常にズレた解釈になってしまっても、仕方がないと思うのですが。
先月の私には、「いや、その解釈は違います」とお伝えすることが、非常に困難であったわけです。

森田療法の適応となるような神経症性障害において、身体症状≒身体の不調というのは、どのようなものであり、治るとはどういうことであるのか。
それは、説明がとても難しいことであるので。
その解釈の、どこがどう変であると私には感じられるのか。そうではなくて、こうなのだと説明しても、うまく伝わらないだろうと思われるので。

すみませんが、それは違うと思いますと、お答えするにとどめておきます。

ハナさん* URL | 2021/07/25 17:17 [ 編集 ]


T

rackback

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プロフィール

ハナさん*

Author:ハナさん*
2019.5.26付けで、Yahoo!ブログから移行してきました。
上記日付より前の記事は、Yahoo!ブログで書かれたものです。

移行から2年経過したのを機に、ブログタイトルを変更いたしました。
あわせて、紹介文も更新。

*代用ゲストブックあり
「カテゴリ」からどうぞ

〔ブログ紹介文〕
誰もが、たやすく発信者となれるネット時代。

文章で社会改革ができると思い込んでいたのは、若さゆえの過ちにすぎない。
けれど。
それでもまだ私は、文章を公表することは、無意味ではないと信じたい。

私がここに記すのは、単なるつぶやきの類いではない。
社会に向かって訴えたいこと、公表する意味があると思えることのみだ。
若い頃のように気負い込んで、大声で叫ぶことはできないけれど。

病気ではなく、障害でもなくても。諸々と生きづらい、おひとりさま介護の日々においても、光を求めて!

〔自己紹介〕
高校1年で発症した神経症性障害(身体表現性障害[身体症状症]その他)を、40年近くかけて乗り越える。
校正者として、非正規雇用勤続30年。数年前から校閲の仕事も行う。

1990年代、森田療法の研究で学士号取得後、カール・ロジャーズの直弟子が講師であるカウンセラー養成講座で単位取得。
地元の民間心理相談機関でセラピストのインターンとなり、各種心理療法を学修するが、自分は援助職には向いていないことを痛感。

アニメーションの研究で修士号取得。
博士課程・単位取得満期退学。
現在、博士論文のテーマを再検討中。専門は、巨大ロボットものの予定。

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