身体症状症を乗り越えきれぬ身で、母親の介護をする日々の思いを発信しています。アニメの研究による博士号取得は、しばらくお休み。

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病病介護短歌2首:新しき人生つくる時きたる……


新しき人生つくる時きたる
        その自由さに心踊れり

    ****

新しき人生つくる時きたる
        五十路後半やはり遅しと

*キチンとした精神療法の甲斐あってか、数多くのとらわれから解放された。
もはや、「あるべき道に戻る」ことを目指す必要も、「障害でも身体の病気でもない者ならば、当然やって(できて)しかるべきことは、できるようにならなくてはならない」と己を縛ることもなくなった。
この自分の心身の状況のままで、今の自分にできることをやっていくしかない、それでいいのだということになった。

かくあらねばならない場所、本来の場所に「戻る」のではなく、あるべきあり方に「正す」のでもなく、この自分のまま、今いるこの場所から、自分の人生を自由に創造していってよいのだと。

そうはっきりと自覚した時、単なるうれしさだけでなく、ワクワクドキドキして、心が踊るのを感じた。

だがやはり。しばらくして、「遅いよ」という思いが、どうしようもなくこみ上げてきた。
人生をやり直す(正確には新しく始める)のに、遅すぎるということはない。それは確かに、一面の真実ではある。

だが、30代や40代の時に始めるのと、56歳になってから始めるのでは、どうしたって、できることに差が出てくる。残されている時間が、10年単位で違うのだから、全く同じというわけにはゆかない。
少なくとも、私の生涯の半分は終わってしまったはずだ。あと30年は生きられると思う……というか、生きたいが、40年生きるのは、無理だろうと思う。
「遅すぎる」というわけではないが、やはり「遅い」ことは、否定できない。もっと早くに、適切な支援・治療を受けられていたら……と感じてしまう。

その残念な思いを抱いたまま、ただ前に進んでゆけばよい。
「そんな風に感じてはならない」などという説教魔の呪文は、聞き流して。

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テーマ : 自分なりに生きる
ジャンル : 心と身体

Tag : 精神療法  支援 

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プロフィール

ハナさん*

Author:ハナさん*
2019.5.26付けで、Yahoo!ブログから移行してきました。
上記日付より前の記事は、Yahoo!ブログで書かれたものです。

*代用ゲストブックあり
「カテゴリ」からどうぞ

〔ブログ紹介文〕
誰もが、たやすく発信者となれるネット時代。

文章で社会改革ができると思い込んでいたのは、若さゆえの過ちにすぎない。
けれど。
それでもまだ私は、文章を公表することは、無意味ではないと信じたい。

私がここに記すのは、単なるつぶやきの類いではない。
社会に向かって訴えたいこと、公表する意味があると思えることのみだ。
若い頃のように気負い込んで、大声で叫ぶことはできないけれど。

病病介護の日々においても、光を求めて!

〔自己紹介〕
精神疾患(身体症状症〔身体表現性障害〕)歴40年。
校正者として、非正規雇用勤続28年。数年前から校閲の仕事も行う。

1990年代、森田療法の研究で学士号取得後、カール・ロジャーズの直弟子が講師であるカウンセラー養成講座で単位取得。
地元の民間心理相談機関でセラピストのインターンとなり、各種心理療法を学修するが、自分は援助職には向いていないことを痛感。

アニメーションの研究で修士号取得。
博士課程・単位取得満期退学。
現在、博士論文のテーマを再検討中。専門は、巨大ロボットものの予定。

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