40年近くかけて神経症性障害を乗り越えたものの、母親の介護で大変な日々の思いを発信しています。アニメの研究による博士号取得は、しばらくお休み。

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同い歳の同僚が、永眠した件

一昨日の午後、病気療養中だった同い歳の同僚が、永眠したという知らせを受けた。
彼女の人生を終わらせたのは、近年の統計では、2人に1人がかかるとされている病気である。


(国立がん研究センターがん情報サービス 最新がん統計
https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/stat/summary.html より)

今年の春頃までは、普通に勤務していたので、イマイチ実感がわかない。現実感がない。だがこれは、紛れもない現実なのである。

この病気は、近年においては決して珍しいものではなくなった(現に、私の母も罹患した)反面、早期発見すれば治ることも少なくないので、いたずらに恐れることはないとも言われる。だがやはり、これで命を失う人も、少なくはないのだ。
上の「最新がん統計」では、生涯でがんで死亡する確率は、男性23.9%(4人に1人)、女性15.1%(7人に1人)であるという。

同い歳の同僚が逝ったということで、あらためて、世の無常、人の命のはかなさということに思いを馳せることとなった。
病気に限らず、事故に遭ったり事件に巻き込まれたり、何らかの理由で、朝、元気に家を出た者が、遺体となって帰宅する可能性は、常に存在しているのだ。

有名な言葉。

朝[あした]には紅顔ありて夕べには白骨となる

あるいはまた、

明日ありと思う心の仇桜
       夜半[よわ]に嵐の吹かぬものかは

本当に、そのとおりである。
私は35歳の秋に、精神疾患を乗り越えるために無理をし過ぎて身体の病気で死にかけた際、「人間は、いつ死んでしまうかわからないのだ」、「自分の人生はまだまだ続くと思っていても、いつ何どき、急に断ち切られてしまうかわからないのだ」ということを痛感した。

だから、他者から批判されることを恐れて、「社会復帰を果たしてからでなくては、自分のやりたいことをやってはならない」と、自分を縛ることを止めた。自分の生涯の夢を果たすための行動を、全てに優先することにした。
https://flowerhill873.blog.fc2.com/blog-entry-218.html

それからも、まだそれほど年老いていない身としては珍しく、自身の死・己の人生の終わりということを、常に心の片隅に置いていた。いわゆる「メメント・モリ」を、折に触れて己に語りかけてきた。

だがそれでもやはり、病病介護のなか、日々の生活・雑事に追われ、そうした心がけがおろそかになってきていた部分は、あると思う。

そろそろ、私が死の淵から生還して、21年になる。ここであらためて、自分の人生の行程と終結について、考え直してみるにはよい機会かもしれない。

21年前には、「生涯の夢を果たすどころか、始めてもいないのに、こんなところで終わってたまるものか」と、この世での生にかじりついて、無理にでも生き延びた。
今は、ある程度のことは成せたためもあり、あの時ほどなりふり構わず、生にしがみつくエネルギーは失われているかもしれない。
だがそれでもやはり、まだまだ、この人生で為したいこと、成し遂げたいことは、山ほどある。

それを思えばやはり。日々の生活において、何にどれだけの時間をかけ、どれほどの労力を使ってゆくのか。それを間違うわけにはゆかないと感じる。
目先のことにとらわれるのではなく、生涯の夢を見据えたうえで、取捨選択をキチンとしてゆくことが、何よりも重要なのだと思う。

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テーマ : 生きること
ジャンル : 心と身体

Tag : 介護  精神疾患 

C

omment

お悔やみ申し上げます。
同僚の方、亡くなられてお悔やみ申し上げます。私も7月に肺癌で弟を亡くしました。自分にもやがてその時がくる。何の生きがいがあるのか、生きがいを持てるのか?悩むというかわからない。ただ朝起きて飯を食って用をたして寝る。この繰りかえしなのか、。何か自分で生きる意味を見つけたいが無理かな。

hiro3749 URL | 2020/08/25 09:00 [ 編集 ]

Re: お悔やみ申し上げます。
ありがとうございます。

こんなご時世(新型コロナ問題)ですので、家族葬となり、キチンとお別れもできない(会社からは、同僚の自宅に代表が弔問に行くのみ)ので、ますます実感がわきません。

> 何の生きがい………自分で生きる意味を見つけたい

生きがいとか、生きる意味、人生の意義、生の価値等々は、人それぞれであって、結局は自分で見つけ出すしかないものなのでしょう。

あるアニメの主人公は言いました。
「夢や希望は自分で持つものでしょ。人からもらうものでも、人にあげるものでもないわ」

何かを成し遂げることに価値を見出す人もいますが、それを普遍的な答えにしてしまうことは、正しくないでしょう。それでは、生産的なことができない人は無価値ということになってしまいますから。

人は、ただ生きているだけ、存在しているだけでも意味があり、価値がある。そういう考え方もあります。
しかしそうした考え方も、それを実感できない人にとっては、単なるお題目にすぎないでしょう。

10代の頃から、生涯の夢をひたすらに見つめ続けてきた私には、やりたいことがない・わからないとか、人生の目的や生きがいがない、という人の気持ちがわかりません。

ただ、生涯の夢に支えられてきた私としては、そうしたものを持たない方々は、生きていくことが大変だろうなと思います。
この生涯の夢がなかったら、私は今日まで生きてこられなかったと思うからです。

ハナさん* URL | 2020/08/25 23:26 [ 編集 ]

ハナさんへ。
コメントありがとうございます。
ちょっと観点がずれていると思いますが鳥だって幸せはどこかと探しながら飛んでいるのか、道端に咲く花も何も文句は言わず咲いているではないか、自分も自然界の一部分だと、、感じる時があります。。自分もあまり意識せず生きて行こうと思っています。

hiro3749 URL | 2020/08/26 08:45 [ 編集 ]

お知らせいただいていましたが
別の場所にておうかがいしていましたが、
改めてお悔やみ申し上げます。

私は「希望や成したいこと」を常に持っていたわけではないので…

夢や希望を持たなくても
「時間を経過させる」という意味で”生きていく”ことは可能です。
そして、そのことに疑問を持たなければ「生きていくのが大変になる」こともありません。

私は過去において「これでいいのかしら?」という漠然とした不安みたいなものは常にありました。

今も「確たる夢や希望」があるのか?と言われると何とも…と思うところもありますが
『今目の前にあることのうち、できることをする』と決めたことで、漠然とした不安はうすくなりました。

生きがいを持つことは「持たなければいけない」という気持ちからではなく、自然に自分の中に芽吹くもの、だと考えています。

*はる* URL | 2020/08/28 18:31 [ 編集 ]


お悔やみ申し上げます。

同年の同僚というのは、相談のしやすさなどありがたい存在であると思いますし、亡くなったというのは死を間近に感じるようでショックですよね。

それにしても、ガンの罹患率の高さに驚きました。
私も悔いのないように生きていこうと思いました。今のままで死んだら、「伝説巨神イデオン」に出てくる、ソロシップ操縦士であるナブール・ハタリの今際の際のセリフを言ってしまいます。

トギエモン URL | 2020/08/29 13:48 [ 編集 ]

Re: ハナさんへ。
そうですね。
鳥や花は、自分の生について悩んだりはしない。ただ、そのまま生きているだけでしょう。
人生の意義や価値について悩むのは、中途半端に知恵のある人間だけです。

動物や植物のように、自然のままに自足して生きてゆくことができるのなら、それはそれで素晴らしいことだと思います。毎日の、特に何事もない普通の日常生活を、大切にしてゆけるのなら。

そうあらねばならない、となってしまうと、また窮屈になってしまいますけどね。

ハナさん* URL | 2020/08/29 16:52 [ 編集 ]

Re: お知らせいただいていましたが
こちらでは、お久しぶりです。

> 夢や希望を持たなくても
> 「時間を経過させる」という意味で”生きていく”ことは可能です。
> そして、そのことに疑問を持たなければ「生きていくのが大変になる」こともありません。

それは、全くもってそのとおりですよね。
そして大多数の方は、いい意味で、何の疑問も持たずに日々を安穏と過ごして(過ごせて)いるのでしょう。

ただ私は、性格的な問題をはじめとした様々な事情ゆえに、いわゆる「生きづらさ」のようなものを、10代半ばから、人一倍感じてしまっていました。
(こうしたことを、自慢だと曲解する人がいたとしても、これは事実なのだから、仕方ありません。)

そうであればこそ、生涯の夢にすがることで、何とか生き延びる……という感じでした。

「生きて
行くってことは
とても
むずかしいから

ただ
日を追えば
いいのだけれど
時には
とてもつらいから

弱い
人たちは
とくに弱い
人たちは

かなう
ことのない
夢を
見るんですよ」
(萩尾望都「グレンスミスの日記」『萩尾望都作品集6ポーの一族1』小学館、1977、p.173)

高校時代に一気読みしてハマった「ポーの一族」シリーズのこのセリフ、刺さりましたよ。


さらに私は、20代の半ばまでは、「生涯の夢を果たす=社会改革を行うことによって、はじめて生きていることを許される、生きていても構わなくなる」という感じですらありました。
幸いにもアラサー以降は、健全な自己肯定感を得られたため、自分はそのままで生きていても構わない、何を成さなくても生きていてよい、という感じになれましたが。

そうであればこそ、今現在も、生涯の夢を棚上げにして、普通の日常生活を過ごすことに終始し、一般庶民の平凡な生活に埋没していても、それなりの満足や安心は得られています。

おっしゃるとおり、生きがいというものは、持てたならそれは素晴らしい、人生がよりよくなる(が、別に持てなくても構わない。それがなくても人生はそれで十分OK)という種類のものなのかもしれません。
言ってみれば、プラスアルファのものなのだと。

ハナさん* URL | 2020/08/29 19:51 [ 編集 ]

Re: トギエモンさん
ハタリのセリフ……

「バカな、俺はまだ、何もやっちゃいないんだぞ……」

ですかね。
実際の映像で確認していないので、細部は違うかもしれませんが。

> 同年の同僚というのは、相談のしやすさ……

同年といっても、同期とかいうわけではなく、私の方が20年近く先輩なので、仕事で相談するとか、そういうのはなかったですね。
そういうところが、新卒で入社することが多い正規職員と、パートの違うところでしょうか。

> 私も悔いのないように生きて

ですね。
ラオウのような、

「わが生涯に
一片の悔いなし!!」

は、到底無理だとしても。

『アルカディア』の主題歌にある「♪最後に笑って死ねる人生……」を目指したいものですね。

ハナさん* URL | 2020/08/29 20:31 [ 編集 ]


T

rackback

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プロフィール

ハナさん*

Author:ハナさん*
2019.5.26付けで、Yahoo!ブログから移行してきました。
上記日付より前の記事は、Yahoo!ブログで書かれたものです。

移行から2年経過したのを機に、ブログタイトルを変更いたしました。
あわせて、紹介文も更新。

*代用ゲストブックあり
「カテゴリ」からどうぞ

〔ブログ紹介文〕
誰もが、たやすく発信者となれるネット時代。

文章で社会改革ができると思い込んでいたのは、若さゆえの過ちにすぎない。
けれど。
それでもまだ私は、文章を公表することは、無意味ではないと信じたい。

私がここに記すのは、単なるつぶやきの類いではない。
社会に向かって訴えたいこと、公表する意味があると思えることのみだ。
若い頃のように気負い込んで、大声で叫ぶことはできないけれど。

病気ではなく、障害でもなくても。諸々と生きづらい、おひとりさま介護の日々においても、光を求めて!

〔自己紹介〕
高校1年で発症した神経症性障害(身体表現性障害[身体症状症]その他)を、40年近くかけて乗り越える。
校正者として、非正規雇用勤続30年。数年前から校閲の仕事も行う。

1990年代、森田療法の研究で学士号取得後、カール・ロジャーズの直弟子が講師であるカウンセラー養成講座で単位取得。
地元の民間心理相談機関でセラピストのインターンとなり、各種心理療法を学修するが、自分は援助職には向いていないことを痛感。

アニメーションの研究で修士号取得。
博士課程・単位取得満期退学。
現在、博士論文のテーマを再検討中。専門は、巨大ロボットものの予定。

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