40年近くかけて神経症性障害を乗り越えたものの、母親の介護で大変な日々の思いを発信しています。アニメの研究による博士号取得は、しばらくお休み。

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「助けて」と言えないのは、若者ばかりじゃなかった!

何年か前から、当ブログでは、「助けて」と言えない若者たちに、ネットを介して支援の手を届かせようという活動をしている、NPO法人・OVA〔オーヴァ〕の紹介をしている。

「助けを求められない若者」に支援の手を差し伸べる団体があった!
https://flowerhill873.blog.fc2.com/blog-entry-63.html
「助けを求められない若者を支援する団体」への継続寄付手続き完了!
https://flowerhill873.blog.fc2.com/blog-entry-64.html
「一緒に誰もが安心して『助けて』と言える社会づくりをしませんか」という団体があります
https://flowerhill873.blog.fc2.com/blog-entry-276.html
必要な時に、必要な支援が、必要な人に届くことの重要さ
https://flowerhill873.blog.fc2.com/blog-entry-277.html

その団体の、サポーター向けメルマガに掲載されている、代表者執筆コラムに、非常に重要な問題提起をしているものがあった。

メンタルの問題など、深刻な困り事を抱えた際に、周囲に助けを求められないのは、子どもや若者だけでなく、大人の男性もそうであると。
いやむしろ。いい大人の男性のほうが、支援を受けることを恥と感じてしまい、助けを求めることができずに、一人で抱え込んでしまいがちなのではないか、ということである。

この問題において、私が真っ先に思い出すのは、農水省の元事務次官が、ひきこもりの長男を手にかけてしまった、例の事件である。
あの父親にとっては、専門機関等に相談するなどといった支援を求めることは、わが家=自分の恥をさらすことでしかなく、そんな真似をするくらいなら、自分の手で始末をつけた方がマシだと思えたのではないか、という指摘がある。
そして私も、その考察は正鵠を射ていると思う。

そんな世の中であるから、このコラムが行っている問題提起は、この上なく重い。
ゆえに、筆者である伊藤氏の了解を得て、そのコラムを、以下に抄録の形で紹介する。

∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
OVA代表コラム
 「助けてと言えない男性たち」
                     伊藤次郎

〔前略〕
OVAの相談事業では、相談者の性別は女性が明確に多いです。
例えば2018年度足立区でのインターネット・ゲートキーパー事業での相談者の性別の割合は、女性64.8%、男性35.2%、その他0%となっています。

厚生労働省が行った自殺防止SNS相談事業では、女性92.1%、男性7.9%と、相談者のほとんどが女性となっています。

参考:(PDF注意)令和元年版自殺対策白書
https://ova-japan.us12.list-manage.com/track/click?u=9b4f75c092873cc7ee845983e&id=7a507c47f4&e=82b1c577b4

一方で、2018年の統計を見れば自殺の約7割近くが男性です。
この男女差の傾向は世界的に見られます。

なぜ、男性の自殺は女性より多いのでしょうか?

(もちろん自殺はマルチファクターなので科学的な意味での正確な答えはありません)
その上での発言ですが、私は大きく二つの要因があると考えています。

一つは男性の方が致死性の高い方法をとるという話です。
これは、「未遂者数」が男性より女性の方が多い事実からも示唆できると思います。
ここでは簡単な説明にとどめますが、これは「身に付いた自殺の潜在能力」(Joiner,2005)の性差と言えます。
ようするに、自分を傷つける力が女性より男性の方が強いという話です。

もう一つは先ほど出した相談事業の結果が示しているように、男性は困ったときに相談するのが苦手という点です。
「助けて」と言えないのです。

結果、周囲に相談しないことから一人で抱え、問題が深刻化し、追い込まれていきます。

女性のコミュニケーションを見ていると「〇〇なことがあって、つらかったんだよね」のように話した時に、「つらかったねぇ」といった返しをしていることをよく見聞きします。
カウンセラーでいう「反射」という技術を普通に日頃使っている女性も多いです。

つらい感情の吐露に対して受容的な言葉を返し、情緒的なコミュニケーションが行われます。

しかし、男性コミュニティでは、こういった会話がなされることが少ないように思えます。

「〇〇なことがあってねぇ・・」でとどまり、「つらかった」といった感情は言えないことも多いような気がします。

それを聞いている男性も「つらかったね」といった受容的なコミュニケーションをする場合は、とても少ない気がします。

男性には、心理的な苦痛を発露することをよしとしない文化があるように思います。
「男は泣いてはいけない」「男のくせに~」「男は弱音を吐いてはならぬ」、昔から「武士は食わねど高楊枝」であり「切腹」するのも男性です。

自分の感情を発露したり、他者に助けを求めるのが苦手なのは、生物学的な性差ではなく文化的性差(ジェンダー)です。

〔中略〕

最近NHKなどでも、男性の性被害がとり上げられていました。
特に、男性が女性に強姦されるのは強いタブーがあるように感じています。
この社会では「ない」ことになっているような気さえしますが、実際にはあります。

〔中略〕

こういった現象がなぜ起こるのでしょうか。

以下の動画は家庭内暴力(DV)の問題に取り組んでいるイギリスの団体が作成したものです。

公衆の面前で、男性が女性に暴力していた場合と、女性が男性に暴力していた場合とで、それを見ている人たちの反応が違うことを映しています。

参考:#ViolenceIsViolence: Domestic abuse advert Mankind
https://ova-japan.us12.list-manage.com/track/click?u=9b4f75c092873cc7ee845983e&id=c25dfc8910&e=82b1c577b4

OVAでは「声なき声」といった言葉をつかって「助けが必要であるにもかかわらず、助けを求められない人達」を表現することがあります。

「声なき声」と伝えて、多くの人が想起されるのは、中年の男性が悩んでうずくまっている姿ではないような気がします。
〔中略〕

「死にたい 助けて」と打っている中年の男性が映し出されれば、上記のDVに関しての社会実験動画のように、滑稽な姿のようにとらえる人もいるようにも思います。

どうすればこのような社会的な雰囲気を乗り越えて、「助けて」と言ってもらえるのでしょうか。
これは途方もない問題のようにも感じます。

〔中略〕

男性は女性よりも専門性の高い人(医師や弁護士など権威がある人)に相談しやすい傾向があるようですので、相談員にあえて社会的地位の高さや権威づけをして告知をするという方法もとれるかもしません。

しかしこのようなアイデアは対症療法的であって、問題の本質的な解決でもありません。もっとも何事においても本当の意味での「本質的な解決」などないようにも思えますが、現実的にはセグメントした上で、それぞれ対処していくのがよいかと思います。

人々の意識を変えていくことが重要にも思いますが、じゃあ何をどのように変えていけばいいのかということになります。

〔中略〕

映画の登場人物で危機的な状況の中で “女・子どもを優先” せず、いの一番に逃げる男性など出てきません。(出てきても滑稽に描かれるだけです)
男は強くあるべきで、弱いものを守る存在、という風に社会から期待されていると思うようになっていきます。
男を強い存在として位置付けているわけですね。

こうして男性自身、「男性は自分でなんとかするよ/すべき」といった考えが内在化されていきます。
だから、男性が困っていても手を差し伸べないし(それはむしろ自尊心を傷つけることになるから失礼だという気持ちすら生まれる事もある。悩んでいる人に声をかけようとしている人に「放っておいてやれ」ということがなんか格好いい感じにすらも思えます。)ですから、自分が困っていても助けを求めない。

でもやっぱり辛いから、アルコール(薬物)を飲んで苦痛な気持ちを変容させる、ストレス対処するしかない(それはほぼ自傷行為です)なんて人が多い気がします。

「助けて」と言える社会、それを受け止められる社会をつくっていくということは、特定の性別や年代の関係なく、困ったときに周囲に助けを求め、支え合う社会をつくっていくことです。

どうやら「助けを求める」という言葉には「弱みを見せる」「弱音を吐く」というしっかりとしたスティグマ(負のレッテル)がありそうです。

むしろ、助けを求める行為は他者に協力を要請して、自身の問題を解決していくビジネススキルであると、リフレーミング(見方を変える)していったり、それでもピンとこない人にはあえて「強い」という言葉をつかって、「本当の強さとは、人に弱みを見せられることが強さなのだよ」といったことを、権威ある人が伝えることで影響を与えられるかもしれません。

子どもたちがスクールカウンセラーに相談するのにスティグマがあるのなら、子どもにとって「一番偉い人/強い人」である校長先生が、スクールカウンセラーに相談しにいく後姿を見せた方が、効果がありそうです。

〔中略〕

ありとあらゆる人が、安心して助けてと言える社会を実現していく事はネット相談を普及したり、テクノロジーを使ったアウトリーチを拡大していくだけでは到達できなさそうです。

あらゆる人々の、助けてを阻害するものを一つ一つ同定して、それをどうにかしていく方法を考え続けていくほかありません。
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テーマ : メンタルヘルス・心理学
ジャンル : 心と身体

Tag : NPO  ネット  支援 

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プロフィール

ハナさん*

Author:ハナさん*
2019.5.26付けで、Yahoo!ブログから移行してきました。
上記日付より前の記事は、Yahoo!ブログで書かれたものです。

移行から2年経過したのを機に、ブログタイトルを変更いたしました。
あわせて、紹介文も更新。

*代用ゲストブックあり
「カテゴリ」からどうぞ

〔ブログ紹介文〕
誰もが、たやすく発信者となれるネット時代。

文章で社会改革ができると思い込んでいたのは、若さゆえの過ちにすぎない。
けれど。
それでもまだ私は、文章を公表することは、無意味ではないと信じたい。

私がここに記すのは、単なるつぶやきの類いではない。
社会に向かって訴えたいこと、公表する意味があると思えることのみだ。
若い頃のように気負い込んで、大声で叫ぶことはできないけれど。

病気ではなく、障害でもなくても。諸々と生きづらい、おひとりさま介護の日々においても、光を求めて!

〔自己紹介〕
高校1年で発症した神経症性障害(身体表現性障害[身体症状症]その他)を、40年近くかけて乗り越える。
校正者として、非正規雇用勤続30年。数年前から校閲の仕事も行う。

1990年代、森田療法の研究で学士号取得後、カール・ロジャーズの直弟子が講師であるカウンセラー養成講座で単位取得。
地元の民間心理相談機関でセラピストのインターンとなり、各種心理療法を学修するが、自分は援助職には向いていないことを痛感。

アニメーションの研究で修士号取得。
博士課程・単位取得満期退学。
現在、博士論文のテーマを再検討中。専門は、巨大ロボットものの予定。

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