40年近くかけて神経症性障害を乗り越えたものの、母親の介護で大変な日々の思いを発信しています。アニメの研究による博士号取得は、しばらくお休み。

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久しぶりに戻った時に、あたたかく迎えてもらえる場所があるということ

本ブログ内で、ひとつのカテゴリを設けて記事を掲載している、TSUTAYAオンラインゲームの放置系 RPG「ちょっと世界を救ってくるわ」(通称:セカスク)であるが。

先日、かつての強豪パーティの団長だった方が、13カ月ぶりくらいに、ヒョッコリと顔を出した。

そのパーティは、私がこのゲームを始めた2017年の春には、最強三団の一角を占めるか、双璧に次ぐ強さを誇るパーティだった。

(私自身はまだまだレベルもステータス値も低かったため、日替わりで編成されるクランにおいて、最強団と同じクランになることは滅多になく、対戦することもほとんどなかったため、当時の三強の詳細は、今一つわからないのである。
とにかく、レベルもステータス値もモノスゴイ方々の団だという印象だった。レベルが数百のビギナーにしてみれば、レベルが1000以上の方々など、雲の上の存在に思えたのである。)

当時の三強は結局、全て解団となってしまった。
その内の二団は、団長が突然、何の連絡もなくログインしなくなったまま、何カ月も経過してしまったため、残された団員が、やむなく離団したものである。

上述の、ヒョッコリと顔を出した方も、突然音信不通になってしまったクチだった。残された団員さんは、とても心配していた。遠からず帰ってきてくれると信じて、何カ月も待っていた。
だが、ゲームのシステム上、これ以上待つと他のプレイヤーに迷惑がかかるというギリギリの時期になると、やむなく離団して、残された団員たちで新しいパーティを立ち上げた。
だがそれはあくまでも、一時的な非常措置だった。本当は、団長の帰還を待っていたのである。団長が帰ってきたら、その方の団(ソロでも、団員一人の団扱いになる)に新パーティごと入って、かつての団として再出発することを望んでいたのだろう。

昨年の11月末、音信不通になってから1年以上経って、その方は、ヒョッコリと顔を出した。
かつての団員は、また団長になってくれることを望んだし、その方も、できれば団員の思いに応えたかったようだ。だが結局、その方は、ログインを継続することはできなかった。
部外者の私は、詳しいことは知る由もないが、現実生活が色々と大変で、多忙を極めていれば、仕方のないことだろう。

このゲームは、放置系を謳ってはいるが、実のところは、時間に縛られる要素がかなり多い。
例えば、特殊なイベントの開催期を除けば毎日、1日4回の定時に行われる40分+10分間の「定時討伐」に参加することが、義務であるかのように思われている。それも、「最初の数分だけ」というようなスポット参戦ではなく、フル参戦が望ましいとされる。「○○の職でいるのなら、当然☆☆するべきである」というように、参加する以上は期待される役回りもある。
1日に1回だけとか、数日のうち1日だけ、出られる時に出るということは、なかなかできない(もちろん、周囲にどう思われようが構わないと割り切って、不参加を貫くことも、可能ではあるのだが)。
自分の自由になる時間が相当に多い人でなければ、継続は、かなり困難である。特に有職者にとっては(それゆえに、ランキングの上位を占めるような強豪ユーザーは、専業主婦が多い)。

そんな感じで、再び来られなくなってしまっていた団長さんが、1月末に、またヒョッコリと顔を出した。
そして今度は、ある程度安定してプレイできそうだということで、パーティを再結成する運びとなった。
最初のうちは、やはり定時討伐の参戦は困難だからと、難色を示していたようだが。元の団員をはじめ、何人かの方に説得されたこともあり、できる限りの参加でよいということで、決心されたらしい。
元団員の方々は、本当に喜んでいる。団員ではなくても、古なじみの方々は、その方の帰還を喜び、歓迎している。

長らくゲームを休止していたため、レベルは1000台(私の半分以下)で止まっており、周囲のレベルの上がり方に驚愕されているようだが。このゲームは、ブランクがあったりレベルが低くても、プレイにさほど支障がないので、問題はないだろう。
実際、今回のイベントでは、既にランキングの上位に顔を見せているのであるから。

上に記したような顛末を、見るともなしに見ていると、戻るべき場所があるということ、久方ぶりにヒョッコリと帰ってきても、あたたかく迎えてもらえる場所があるというのは、とても素晴らしいことであると感じた。

私自身、このゲームのプレイを休止してから、8カ月後に再開した時や、街づくりゲームの方のSNS機能の利用を、半年以上休止してから再開した折には、何人かの方に「おかえり」と言ってもらえ、帰還を喜んでもらえた。
諸事情によって、休止を余儀なくされても、再び戻ってくることができ、受け入れてもらえるだけでなく、歓迎してもらえる場があるというのは、本当にうれしいものだ。

数年でサービス停止になってしまうことも少なくない、アプリのソーシャルゲームと異なり、ある理由からサービス停止になる可能性が低いこのゲームは、こうした「いつ戻ってきてもOKな場」として機能している。

とはいえ。私の場合は、パーティ内でのトラブルによって団を抜け、プレイを休止した後、ゲームを再開してからは、ずっとソロでやっている。だから、ゲームに戻ってきたといっても、パーティに戻ったわけではないのだが。
かつて所属していたパーティは、団長も団員も、今ではかなりイン薄(ログインしてプレイする頻度が低い。厚くない)である。
毎日、それなりにプレイを継続している私と、イン薄なプレイヤーがパーティを組んでいても、双方の負担になって、不満もたまってゆく。プレイが常でないプレイヤーは、ソロでやるか、そうした方々のみでまとまっていたほうが、快適なのである。
ゆえに、私が戻るべきパーティは、既に存在しない。
そして、あくまでも病病介護の息抜きとして、「それなりのプレイ」を心がけている私が、どこかのパーティに加入するのは、望ましくない。
そんなことをしてしまったら、団員としての義務を果たそうと無理をして、かつてのように実生活を破壊してしまうだろうから。ソロで、テキトーにプレイするのが、今の私にはふさわしいのである。
だから私にとって、このゲームは。
戻ってきた時にあたたかく迎えてもらえた世界ではあっても、戻るべきパーティはなかったという、中途半端な「安住の場」でしかなかったわけだ。
だがそれでも、「おかえり」と言ってもらえた時には、本当にうれしかった。

だからこそ、自分の時よりもはるかに素晴らしい、よそのパーティのあり方を見てしまうと。
戻るべき場所があるというのは、本当に素晴らしいことだと、あらためて感じてしまうのである。
その場所を、そのような場に仕立て上げることができたのは、その方自身の努力や人徳によるものであると、わかってはいるのだが。

私には、RPG におけるパーティ内の人間関係や信頼、思いやりといったものに、妙な憧れがある。そんな私にとって、この件は、たとえ他人事であったとしても、あえて記述しておきたい「よい話」であったのである。

(実をいえば、ネット上のゲームなどというバーチャルな場ではなく、実世界において、そうした「戻るべき場」を持てることこそが、本当は望ましいのであろうが。そんな場を望むべくもない身としては、ネット上の世界でも、そうした場を持てるということの素晴らしさを、語りたいと思ったのである。)

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テーマ : ブラウザゲーム
ジャンル : オンラインゲーム

Tag : セカスク  ネット  介護 

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プロフィール

ハナさん*

Author:ハナさん*
2019.5.26付けで、Yahoo!ブログから移行してきました。
上記日付より前の記事は、Yahoo!ブログで書かれたものです。

移行から2年経過したのを機に、ブログタイトルを変更いたしました。
あわせて、紹介文も更新。

*代用ゲストブックあり
「カテゴリ」からどうぞ

〔ブログ紹介文〕
誰もが、たやすく発信者となれるネット時代。

文章で社会改革ができると思い込んでいたのは、若さゆえの過ちにすぎない。
けれど。
それでもまだ私は、文章を公表することは、無意味ではないと信じたい。

私がここに記すのは、単なるつぶやきの類いではない。
社会に向かって訴えたいこと、公表する意味があると思えることのみだ。
若い頃のように気負い込んで、大声で叫ぶことはできないけれど。

病気ではなく、障害でもなくても。諸々と生きづらい、おひとりさま介護の日々においても、光を求めて!

〔自己紹介〕
高校1年で発症した神経症性障害(身体表現性障害[身体症状症]その他)を、40年近くかけて乗り越える。
校正者として、非正規雇用勤続30年。数年前から校閲の仕事も行う。

1990年代、森田療法の研究で学士号取得後、カール・ロジャーズの直弟子が講師であるカウンセラー養成講座で単位取得。
地元の民間心理相談機関でセラピストのインターンとなり、各種心理療法を学修するが、自分は援助職には向いていないことを痛感。

アニメーションの研究で修士号取得。
博士課程・単位取得満期退学。
現在、博士論文のテーマを再検討中。専門は、巨大ロボットものの予定。

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