身体症状症を乗り越えきれぬ身で、母親の介護をする日々の思いを発信しています。アニメの研究による博士号取得は、しばらくお休み。

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一大決心による新たな試みが、先方都合で中断してしまった件

昨年の秋、一大決心をして、新たな一歩を踏み出し、
「この連休に一大決心をして、新たな一歩を踏み出した件」
https://flowerhill873.blog.fc2.com/blog-entry-266.html

11月上旬に具体的な行動の初回を行い、
「『一大決心による新たな道』の、初回が終了したのだが……」
https://flowerhill873.blog.fc2.com/blog-entry-273.html

10日から1週間おきに、コンスタントにそれを続けて、8回まで終了した。
「随時追記あり『……一大決心をして、新たな一歩を踏み出した件』の続報」
https://flowerhill873.blog.fc2.com/blog-entry-267.html

もしかしたら、そろそろ成果が出てきたのかな、という感じもしていた。

だが。
突然、この試みにおいて、この上もなく重要な役割を担っているパートナーの方が病気になり、ドクターストップがかかってしまった。
そのため、本日の予約は、先方都合でキャンセルとなってしまったのだ。

回復し次第、予約を取り直すということだが、それがいつになるか、わからない。
単純にインフルエンザに罹ったとか、そういった、一定期間が経過すれば治癒する病気ではないらしい。
「治る病気ではあるけれど、今のところ、その見通しが立たない」という、何やら不穏な感じなのである。これでは、再開の目処が立たない。

せっかく、よい感じで続けられていたのに、新年早々、出鼻を挫かれた感じである。さすがにこれは、想定外だった。

とはいえ、こればっかりは仕方がないことである。再開が可能になるまでは、自分なりにできることを続けて、パートナーの回復を待つしかない。

そして、ややもすると、迷信じみたことを考えてしまいそうになる自分を、戒めなければならないと感じる。
つまり、「あの方が、何やら面倒な病気になってしまったのは、私を助けようとしたからだ」などというオカルティックな夢想は、退けなければならないということだ。
「自分には、何か悪いものが憑いていて、その悪い存在が、私を助けようとしているあの方に、悪さをしたのだ」とか、「あの方が私を助けられないようにと、そいつが邪魔をしてきたのだ」とか、そうした夢想は、単なる夢想にとどめておけよ、ということである。

別に私も、そんなことを本気で信じているわけではない。
けれど、フト、そんな妄念を抱いてしまうこともある。これまでの人生で、あまりにも間の悪いこと、運の悪いことが重なったりして、「自分は呪われているのだろうか」と思ってしまったことも、全くないわけではないのであるから。

(というか。母が信じ込んでいる、某仏教系新興宗教団体の見立てによれば、かなり色々なものが障っているわけなのだが。私自身は、それ程信じているわけではないが、否定し切れてもいない。判断中止である。
特に精神疾患に関しては、こうした霊障云々といった説明体系が、21世紀の今でも、一部に根強く残っているようだ。でもまあ確かに、そうした説明によって救われてしまう人もいることは確かなので、一概に否定するわけにはゆかないと思う。)

そんな事情であるから、一大決心をして新たな道を踏み出した結果、病病介護の行き詰まりを突破できた、人生が好転した……などといって、具体的な内容の開示と成果の報告ができるのは、まだまだ先になりそうである。

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テーマ : スピリチュアル
ジャンル : 心と身体

Tag : 精神疾患  介護 

C

omment

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| 2020/01/15 09:00 [ 編集 ]

私の視たては違います
このコメントを信じるか信じないかは当然お任せいたしますが、ハナさんに起こった記事にある一連の流れは、呪いでも悪霊のせいでも障りでもありません。
結論から言えば、縁がなかったということ。
時や内容が「今ではない」という事であって霊障ではありません。
本当に必要で時期がくれば、どんな困難があってもまたチャンスが必ず来ます。
準備だけは怠らず待っていれば良いのではと思います。

katsu0509 URL | 2020/01/15 17:53 [ 編集 ]

Re: 1/15非公開コメントさん
お気遣いありがとうございます。

科学的な実証・実験が困難な分野ですから、どうしても、迷信のようなものがなくならないのですよね。

その推測は、半分だけ、当たっています。
違っているのは、パートナーの方は、同等の存在ではなく、バリバリの職業的専門家だということです。
ひとつ前の記事で言及した療法を、専門とする先生です。

ならば、なんで、パートナーなどという言い方をするのかというと。
それは、こうしたことは専門家が行うのであっても、上下関係ではなく、対等な立場で行われるのが、本来のあり方であるからです。

決して、専門家が……してくれるのではない。当人自身が……すのであって、専門家はその手助けをするだけ。
専門家が教え導いたり、引っぱっていくのではない。真の専門家は、本人と共に歩んでゆくもの、むしろ、後からついてゆくものだからです。
専門家が一方的に施すのではない。あくまでも、双方の共同作業なのです。
その辺のところをはき違えている、名ばかりの専門家、自称専門家が、多すぎますけどね。
専門施設でインターンとして、実際に何人かを担当し、専門家の研修会や学会にも参加したセミプロとしては、苦々しい限りです。

こうしたことを行う場合、専門家と一対一で行う方が望ましいケース(人・状態)と、非公開コメントさんのような形で行う方が望ましいケースとがあります。
私の場合は、前者が望ましいケースであるから、それを選択しました。

この辺も難しいところで、その選択を誤ってしまうと、逆効果になってしまうのですが。
非公開コメントさんの場合は、それが合っている感じですね。

ハナさん* URL | 2020/01/15 21:03 [ 編集 ]

Re: 私の視たては違います
えっと。私自身の見解は、それに近いわけなのですが。


「別に私も、そんなことを本気で信じているわけではない」と言っていますし、「フト、そんな妄念を抱いてしまうこともある」ということは、「普段はそんなことは考えていない」ということではないでしょうか?
さらに言えば、「妄念」という語を使用している以上、その考えが正しいとは思っていない、ということになります。

全体として、この記事の筆者は、霊的な説明体系を100%否定し切ってはいないまでも、否定的な考え方をしていると、読めるはずなのですが。
もし、反語とか二重否定とかの使い方が紛らわしくて、悪いものが憑くとか、呪いだとか霊障だとかいったことを、私が少しでも信じている、と読めてしまうのならば、文章を見直さなくてはなりません。

「こんな風に考えることもできる」「時にはこんなことを考えてしまうこともある」等々といった、脇筋のことばかりを書いて、「私自身が基本的にはどのような見解を有しているか」という、本筋を明記しなかったばかりに、いらぬ誤解を受けてしまったことは、何回かありますので。

あと、念のためにですが。
母が信じている新興宗教の見立てというのは、私が小さい頃から問題づくめだったことに関しての話であって、今回の件に関してのことではありません。

また、その教団が語る霊障(というよりは、因縁と言った方が適切でしょう)は、あくまでも私に影響を及ぼすものであって、私に関わる人にまで影響を及ぼすものではなかったと記憶しています。
何かがあるとしたら、それは、その方自身の家系からのもの、ということになるでしょう。

ただ、「私の病気に関して、母は、精神医学・臨床心理学ではなく、新興宗教の説明体系を信じている」ということは、今まで、どこで話すこともできず、ここで書くこともできませんでした。
そうした意味では、「この件を口にするきっかけとなった」という点で、今回の中断の意義はあったのかもしれないと思っています。
どうやらこの件は、私にとって、何やら重要な意味を持っている感じなので。

ハナさん* URL | 2020/01/15 21:53 [ 編集 ]


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Author:ハナさん*
2019.5.26付けで、Yahoo!ブログから移行してきました。
上記日付より前の記事は、Yahoo!ブログで書かれたものです。

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〔ブログ紹介文〕
誰もが、たやすく発信者となれるネット時代。

文章で社会改革ができると思い込んでいたのは、若さゆえの過ちにすぎない。
けれど。
それでもまだ私は、文章を公表することは、無意味ではないと信じたい。

私がここに記すのは、単なるつぶやきの類いではない。
社会に向かって訴えたいこと、公表する意味があると思えることのみだ。
若い頃のように気負い込んで、大声で叫ぶことはできないけれど。

病病介護の日々においても、光を求めて!

〔自己紹介〕
精神疾患(身体症状症〔身体表現性障害〕)歴38年。
校正者として、非正規雇用勤続26年。
アニメーションの研究で修士号取得。
博士号は、論文が書けずに未取得(博士課程・単位取得満期退学)。
現在、博士論文のテーマを再検討中。専門は、巨大ロボットものの予定。

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