40年近くかけて神経症性障害を乗り越えたものの、母親の介護で大変な日々の思いを発信しています。アニメの研究による博士号取得は、しばらくお休み。

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今後は「病病介護川柳」を、「病病介護俳句(無季)」と称します

昨年の11月22日以来、病病介護川柳という名目で、十七文字の短詩を詠んできた。
https://flowerhill873.blog.fc2.com/blog-entry-150.html

Yahoo!ブログ時代には、およそ34句。
このFC2ブログに移ってからは、3句ほど。
https://flowerhill873.blog.fc2.com/blog-entry-248.html

いずれも、川柳と呼び得るほどの滑稽を欠き、風刺の欠片もない代物であった。

だが、たとえ五・七・五の形をとっていても、季語のないものは俳句とは呼べぬ。ならば、川柳と称するしかない。そう思ったので、川柳と呼び続けたのである。

だが先日、ふとしたことから、無季俳句(季語のない俳句)というものも、存在し得るのだということを知った。

俳句における無季の問題は、既に、松尾芭蕉の時代から、議論されてきたものであるらしい。
「俳句は季語を含むべきである」「季語のないものは俳句とは呼び得ない」という、伝統俳句の考え方は、高浜虚子(1874-1959)が普及させたものであるのだが、俳句の革新運動に伴って、無季俳句の潮流も、幾度となく生じている。
季語というものが、俳句において必須のものであるか否かについては、個々の俳人や結社によって見解が異なり、統一的な答えは出ていないのだという。

以上のことがわかったので、今後は、自身が作る季語を含まない五・七・五の短詩のことを、「病病介護俳句(無季)」と呼びたいと思う。過去のものを遡って修正することはしないが、これからは、そうしたいと思う。
その方が、私のにピッタリとくるのである。

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テーマ : 詩・和歌(短歌・俳句・川柳)など
ジャンル : 学問・文化・芸術

Tag : 介護   

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プロフィール

ハナさん*

Author:ハナさん*
2019.5.26付けで、Yahoo!ブログから移行してきました。
上記日付より前の記事は、Yahoo!ブログで書かれたものです。

移行から2年経過したのを機に、ブログタイトルを変更いたしました。
あわせて、紹介文も更新。

*代用ゲストブックあり
「カテゴリ」からどうぞ

〔ブログ紹介文〕
誰もが、たやすく発信者となれるネット時代。

文章で社会改革ができると思い込んでいたのは、若さゆえの過ちにすぎない。
けれど。
それでもまだ私は、文章を公表することは、無意味ではないと信じたい。

私がここに記すのは、単なるつぶやきの類いではない。
社会に向かって訴えたいこと、公表する意味があると思えることのみだ。
若い頃のように気負い込んで、大声で叫ぶことはできないけれど。

病気ではなく、障害でもなくても。諸々と生きづらい、おひとりさま介護の日々においても、光を求めて!

〔自己紹介〕
高校1年で発症した神経症性障害(身体表現性障害[身体症状症]その他)を、40年近くかけて乗り越える。
校正者として、非正規雇用勤続30年。数年前から校閲の仕事も行う。

1990年代、森田療法の研究で学士号取得後、カール・ロジャーズの直弟子が講師であるカウンセラー養成講座で単位取得。
地元の民間心理相談機関でセラピストのインターンとなり、各種心理療法を学修するが、自分は援助職には向いていないことを痛感。

アニメーションの研究で修士号取得。
博士課程・単位取得満期退学。
現在、博士論文のテーマを再検討中。専門は、巨大ロボットものの予定。

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