40年近くかけて神経症性障害を乗り越えたものの、母親の介護で大変な日々の思いを発信しています。アニメの研究による博士号取得は、しばらくお休み。

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「一大決心による新たな道」の、初回が終了したのだが……

10月14日付けの記事
「この連休に一大決心をして、新たな一歩を踏み出した件」
https://flowerhill873.blog.fc2.com/blog-entry-266.html
及びその続報
https://flowerhill873.blog.fc2.com/blog-entry-267.html

に記した、「一大決心によって始めたこと」の初回が終了した。
1回や2回でどうにかなるものではないと、わかりきっていた──明確な成果があらわれて来るのは、おそらく5回・10回と回を重ねてから。早くても何カ月か経ってからだと思われる──から、効果については記さない。

だが、初回の感触は、かなりよかった。今後の見通しは、現段階ではそれほど暗くはない。
何といっても、長い長い遍歴の果てに、幾つかの幸福なめぐりあわせが重なって、ようやく見つけ出した、「この人ならば大丈夫。賭けてみる価値は、あるかもしれない」と思えた相手との、共同作業であるのだから。

それでもまだ、これが具体的に何であるのかということを、記すことはできない。「結構なお金と時間を費やしたけれど、結局、たいした成果は得られなかった」という結果になってしまう可能性も、なくはないからだ。

具体的に記してしまって、「結局ソレは、何の役にも立たなかった」ということになってしまったら、読者の方が、「何だ。〇〇って、結局、何の役にも立たない(ことが多い)のか。効果はないのか」と思ってしまいかねない。ソレに対する読者のイメージが、悪化してしまうかもしれない。
そんな事態は、避けたいのである。

ソレは、一般論としては、その目的を果たすために、極めて有効な手段である。
だが、その成功率は、決して高いとは言えない。けれど、その成功率の低さ(あるいは不安定さ)は、ソレ自体のよし悪しに由来するものではない。

例えば、頭痛がする時に胃を飲んでも、効きはしない。だがそれは、効かない胃がダメなのではなく、適切なを選択しなかったことが、いけなかったのである。
あるいは、とても有効だが難易度の高い外科手術があったとする。その場合、その手術が成功するか否かは、執刀医の技術・能力にかかってくる。それ自体は、どんなに「よい」方法であっても、行う者の技能が低ければ、よい結果は得られない。

はたまた、とても有能で個性的な教師がいたとする。その人物に教われば大抵の生徒は、大幅に成長する。
だが、教育や指導というものが、人と人との関わりにおいてなされる以上、相性の問題ということが、確かに存在する。いい先生であるのは確かなのだが、どうにも相性が悪くて、マトモな指導にならないなどという事態も、時には発生する。

そしてソレは、この相性というものに、大きく左右されてしまう種類のものなのである。

たとえ、最適ではない方法を選択してしまったとしても、相性がよければ、うまくいくことも皆無ではない。たとえ、行う人の能力が高くなくても、相性がよければ、うまくいくことは少なくない。
能力が高くても相性は最悪な相手が行うよりは、能力は低くても相性のよい相手が行った方が、よい結果が得られる。
そんな、ある意味、非常に不安定なものなのである。
いつどこで、誰が誰に対して、どんな風に行っても、ほぼ同程度の成果が得られる、というようなものではない。

うまくいく時は、本当にうまくいく。だからこそ、どれだけの費用と時間がかかっても、行う価値があるし、行うことを勧めることができる。
だがやはり、うまくいかない時には、悲しいほどに効果がない。むしろ、逆効果になってしまうことも、少なくない。

それは、何度も繰り返すように、ソレ自体が駄目であるとか、無益なものだということを示しているわけではないのだが。
「うまくいかなかった。役に立たなかった」という結果のみを見た、普通の人が、「ソレって、実際は役に立たないんだ。やってみる価値はないものだったんだね」と思ってしまう危険性が、確実に存在する。

そのような事態が生じてしまうことを恐れるがゆえに、ある程度の成果が出るまでは、ソレが何であるのかを、伏せておきたいのである。
(ここまで書いてしまえば、予想のつく方はいるかもしれないが。読者の方々の心は、私には推測できない。)

私が、そのイメージの低下を心配してしまうほどに、ソレは、毀誉褒貶の激しいものである。
とはいえ、とりあえず現代社会においては、その需要は高い。なので、2回目を行うのは、10日後と決まった。
本当は、最低でも1週間に1回は行うことが望ましく、それ以上間隔があくと、効果が落ちてしまうという話もあるのだが。こればかりは、仕方がない。

私自身は、病病介護における、どうしようもない現状──再発ないし悪化した精神疾患を抱えながらの母親の介護に、非常な困難を感じ、家のゴミ屋敷化が加速してゆくこと──を打破するための最後の手段として、ソレを選択した。だから、たとえ結果がどうであろうと、後悔はしない。

それでも、よい結果が出てくれれば、それに越したことはないと思う。ある程度は、私自身のがんばり次第で、どうにかなる部分もあるのだから(成果の出方は、上に記したように、相手の能力や相性次第のところもある。だがやはり、当人の取り組み方次第、というところも大きいのである。当人がいい加減にやっていては、どれほど能力のある人が行っても、うまくいくはずはない)。

人事を尽くして何とやら、というところであろうか。

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テーマ : メンタルヘルス
ジャンル : 心と身体

Tag : 精神疾患  介護  ゴミ屋敷   

C

omment

応援
私にはそれが何かは分かりませんが、一大決心をして行動を起こしたということ自体に価値がある気がします。
結果が良いにはこしたことがないので応援させていただきます。
次回も頑張って下さい。

katsu0509 URL | 2019/11/04 19:16 [ 編集 ]

Re: 応援
応援、ありがとうございます。

> 一大決心をして行動を起こしたということ自体に価値がある

私も、自分自身に関しては、そう思っています。
けれど多分、世間の人は、よい結果が出なかったら、ソレはその程度のものでしかない、あまり価値がないものだと思ってしまうので。
そうならないことを願います。

そのためには、私がよい結果を出すことが、最も好ましいのですがね。
必ずうまくいく、とは信じられない程度に冷静というか、現実を知っている、醒めているということでしょうか。

ハナさん* URL | 2019/11/04 20:49 [ 編集 ]


『結果はどうであれ、後悔はしない、」とそこまで決断して実行する姿、うらやましい。人は気ずかずに毎日を過ごしていますが目標を持たない生活ほど無味乾燥なものはありません。目標、目的を決めたら突き進んだらいい。やってみなければ結果は出ない。結果はちゃんとでてきますよ。頑張ってください。応援してます。

hiro3749 URL | 2019/11/05 09:09 [ 編集 ]

Re: タイトルなし
> hiro3749さん

応援、ありがとうございます。

たとえ、望んでいた成果が出なくとも、やってみたこと自体にも、価値はあると思います。
実際にやってみなければわからないこと、自分で体験してみなければ具体的にはわからないこと、世の中には、たくさんあるでしょう。

理論を学んだり覚えたりするだけでは、本当のところは理解できない。真に深いところは、自分で経験して体得するしかない。
これは、そういう、体験的な理解を必要とするものなのです。

実際にやってみて、どんな感じかわかれば。必要ならば、別の方向に進むことも可能になります。
やってみなければ、何もわからない、始まらないですよね。

ハナさん* URL | 2019/11/06 23:29 [ 編集 ]


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プロフィール

ハナさん*

Author:ハナさん*
2019.5.26付けで、Yahoo!ブログから移行してきました。
上記日付より前の記事は、Yahoo!ブログで書かれたものです。

移行から2年経過したのを機に、ブログタイトルを変更いたしました。
あわせて、紹介文も更新。

*代用ゲストブックあり
「カテゴリ」からどうぞ

〔ブログ紹介文〕
誰もが、たやすく発信者となれるネット時代。

文章で社会改革ができると思い込んでいたのは、若さゆえの過ちにすぎない。
けれど。
それでもまだ私は、文章を公表することは、無意味ではないと信じたい。

私がここに記すのは、単なるつぶやきの類いではない。
社会に向かって訴えたいこと、公表する意味があると思えることのみだ。
若い頃のように気負い込んで、大声で叫ぶことはできないけれど。

病気ではなく、障害でもなくても。諸々と生きづらい、おひとりさま介護の日々においても、光を求めて!

〔自己紹介〕
高校1年で発症した神経症性障害(身体表現性障害[身体症状症]その他)を、40年近くかけて乗り越える。
校正者として、非正規雇用勤続30年。数年前から校閲の仕事も行う。

1990年代、森田療法の研究で学士号取得後、カール・ロジャーズの直弟子が講師であるカウンセラー養成講座で単位取得。
地元の民間心理相談機関でセラピストのインターンとなり、各種心理療法を学修するが、自分は援助職には向いていないことを痛感。

アニメーションの研究で修士号取得。
博士課程・単位取得満期退学。
現在、博士論文のテーマを再検討中。専門は、巨大ロボットものの予定。

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