40年近くかけて神経症性障害を乗り越えたものの、母親の介護で大変な日々の思いを発信しています。アニメの研究による博士号取得は、しばらくお休み。

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ネット上では、人にものを教えるような真似はしない方が無難らしい

しばらく前から、ネット上で「マウントをとる」といった言葉を目にするようになっていた。
初めて見る言葉だったが、その語が使用されている文脈から、おおよその意味は推測できた。そしてさらに、最近、世の中には「知識マウント合戦」なるものも、存在するのだということを知った。

そういった状況と、先日のネットコミュニケーションで痛い思いをした事例とを、考え合わせた結果、以下のような結論を得るに至った。

<ネット上においては、誰かが誤ったことを書いたり発言したりしていたとしても、その誤りを指摘することなどはせずに、スルーするのが無難である>と。

ここでいう「誤り」とは、単なる入力ミスや変換ミス、誤字脱字等のケアレスミスの類ではない。その程度のことなら、よっぽどのことがない限りは、私だって見なかったことにして、スルーしている。
念頭に置いているのは、記憶違いや勘違いによる間違い、あるいは知識や理解の不足による内容の誤りのような、深刻なレベルのものである。
そしてもちろん、見解の相違によって答えが変わってくるようなものや、幾つもの説が存在するものの場合は、「誤り」とは見なさない。
私が言っているのは、事実誤認のような「明白な誤り」のことである。

それを記した人との関係が、誤りを指摘しても構わないどころか、指摘した方が喜ばれる、「気づいていたのなら、何で教えてくれなかったの?」と、言ってもらえるような関係である(と思える)のならばともかく。
そうした相手でないならば、善意で誤りを指摘したところで、「こいつは、私に対して知識マウントをとろうとしている、知識マウント合戦を仕掛けてきているのだ」と解されてしまうことも、ないとは言えないということがわかったからだ。

他人が書いた文章中の誤りや、不正確なところを指摘したり、直してあげるのは、仕事上の校閲のように、そういうことをしてくれと相手に頼まれた時だけにしておこう。何かを教えるのは、教えを乞われた時のみにしよう。
知識不足ゆえに困っている人を見かけて、その人に有益な知識を自分が持っていると思えても、頼まれてもいないのに、教えるようなことは、もうするまい。

その筆者が、間違ったことを書いていて恥をかくのは、その人の責任なのであって、誤りに気づいてもスルーした私に、責任はない。
誤りを指摘せず、そのままにしておくことで、間違った知識が拡散されてしまったとしても、私が責任を感じる必要はない。
何の関係もない通りすがりの人に、私がものを教えてあげる義務はない。

そう思うことにする。
所詮、ネット上にあふれかえる言説や発言には、いい加減で無責任なものが多いのだから。そんなものを、真に受ける方が悪いのだから。謝りや間違いを放置しても、別に害はない。いちいち正してあげる義理はない。

冷たく感じられてしまうけれど、善意で手をのばしても、はねつけられたり侮辱されてしまうことも少なくないのであれば、そうやって自衛するしかないではないか。

私は、精神疾患に関しては素人の方が、善意からくれる見当外れの助言に傷ついてしまい、ありがたく受け入れることができない。
そんな私には、善意から人にものを教えても、歪めて受け取られてしまうことの悲しさを、語る資格はないのであろうか。

少なくとも私は、単なる知識や情報といった分野において、自分が知らなかったことや間違って覚えていた・理解していたことを、他人から教えられれば、「教えてくれてありがとう」と思う。
知識や情報の寡多と優位性とを、直結させて考えることはしない。「この点に関して、自分はこの人よりもものを知らない」と認めることで、自分が劣位に置かれるとは感じない。
でも、そうではない人もいるようだ。

別に私は、自分の知識優位性をひけらかしたいがために、その人の誤りを指摘したわけではない(と思う)。けれど、そのようにしかとれない人、素直に、「教えてくれてありがとう」と言えない人も、少なくないらしい。

ならば私は、自分のメンタルヘルスの状態をこれ以上悪化させないために、「人にものを教えない」という、自衛策を講じるしかないであろう。

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テーマ : メンタルヘルス
ジャンル : 心と身体

Tag : ネット  校閲  精神疾患 

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ハナさん*

Author:ハナさん*
2019.5.26付けで、Yahoo!ブログから移行してきました。
上記日付より前の記事は、Yahoo!ブログで書かれたものです。

移行から2年経過したのを機に、ブログタイトルを変更いたしました。
あわせて、紹介文も更新。

*代用ゲストブックあり
「カテゴリ」からどうぞ

〔ブログ紹介文〕
誰もが、たやすく発信者となれるネット時代。

文章で社会改革ができると思い込んでいたのは、若さゆえの過ちにすぎない。
けれど。
それでもまだ私は、文章を公表することは、無意味ではないと信じたい。

私がここに記すのは、単なるつぶやきの類いではない。
社会に向かって訴えたいこと、公表する意味があると思えることのみだ。
若い頃のように気負い込んで、大声で叫ぶことはできないけれど。

病気ではなく、障害でもなくても。諸々と生きづらい、おひとりさま介護の日々においても、光を求めて!

〔自己紹介〕
高校1年で発症した神経症性障害(身体表現性障害[身体症状症]その他)を、40年近くかけて乗り越える。
校正者として、非正規雇用勤続30年。数年前から校閲の仕事も行う。

1990年代、森田療法の研究で学士号取得後、カール・ロジャーズの直弟子が講師であるカウンセラー養成講座で単位取得。
地元の民間心理相談機関でセラピストのインターンとなり、各種心理療法を学修するが、自分は援助職には向いていないことを痛感。

アニメーションの研究で修士号取得。
博士課程・単位取得満期退学。
現在、博士論文のテーマを再検討中。専門は、巨大ロボットものの予定。

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