40年近くかけて神経症性障害を乗り越えたものの、母親の介護で大変な日々の思いを発信しています。アニメの研究による博士号取得は、しばらくお休み。

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身体抑制(拘束)は必要悪か?―看護・介護現場の理想と現実―

過去の記事にあるように、私の母は、脊柱管狭窄症の手術をした翌日から、術後せん妄になった。
治療上の言いつけが守れず、ドレーンや点滴の管を抜いてしまったり、ベッドからの落下や、転倒の危険があるため、抑制帯で、車椅子やベッドに、固定されることとなってしまった。

それは、あくまでも、患者の安全という権利を守るために、仕方のない措置であるということは、理解している。
常に、職員が側についていて見守ることなど、職員の数・看護体制からして、無理であろう。
かといって、「だったら、家族が常につき添ってくれ」と言われても、困る。
常に、誰かが側にいることなど、不可能なのであれば、身体抑制・拘束も、やむを得ないことではあるだろう。

抑制をしなければ、ドレーンの管を抜いてしまい、血腫ができて、再手術をする羽目になるかもしれない。
無理に歩こうとして、転んで骨折したり、頭を打って、取り返しのつかない事態になったりすることも、ないとは言えないのだ。
そんなことにならないためには、抑制をすることも、仕方がない。
一見すると、患者の権利侵害に見えることも、実は、本人の権利を守ることであるのだと。

そう。そのことは、理屈ではわかっている。
それでも、抑制帯で車椅子につながれた母の姿を、最初に見たときは、ショックだった。
「母親のこんな姿は、見たくなかった」と、思ってしまった。

その思いに潜む、私自身の、考え方のあれこれは、今は問わない。
ただ、身体抑制・拘束を受けた患者家族の、素直な気持ちを、示したいのだ。
「身体抑制をするのは、見るに忍びない」と、同意書にサインをしない、患者家族もいると聞く。
身体抑制・拘束は、本人だけでなく、その家族にとっても、苦痛であることは、否定できないのだ。

医療・看護の現場では、身体抑制・拘束は、例えば、術後せん妄が終息するまでの、一定期間のみであることも、少なくない。
だが、介護施設などでの、認知症高齢者を対象としたものであれば、その拘束期間は、永続的なものともなりかねない。

何度も記したように、身体抑制・拘束が、仕方のない措置であることは、わかっている。言ってみれば、必要悪であるということは。

それでも。それを実際に目にした者の素直な感想としては、「そんなことは、しないに越したことはない」と思う。
「身体拘束ゼロ」を目指した取り組みを行っている病院や介護施設も、皆無ではないという。

理想は、あくまで理想であり、理想を実現するためには、人員の確保など、困難な要素も、多々あるだろう。
それでも、今ここで、身体拘束ゼロという理想を掲げて、行動している施設の方々を、熱烈に支持したいと思う。
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C

omment

No title
ハナさん…

更年期の件では
お世話になりました
専門のクリニックを受診し
ホルモン療法を始めましたが
イライラが鬱にかわって
やっぱりしんどいです…

うちの病棟は
認知症病棟ですが
拘束ゼロです…
でも
わたしたちのストレスは…
ハンパないです…

真夜中のカウンセリング URL | 2016/11/28 15:53 [ 編集 ]

No title
> 真夜中のカウンセリングさん
そうですか…。
まだまだ、お辛いのですね。
ホルモン療法も、効く人とそうでない人がいるようです。
漢方薬も、「証」にピッタリ合うと、著効するようですが、漢方を専門に勉強した医師でないと、なかなか難しいようです。

そうでしたか!
確かに、身体拘束ゼロを実現すれば、その施設の、職員の方々の苦労は、並々ならぬものがあるでしょう。
何かが起きたら、施設の責任になってしまうわけですし…。
せっかく理想を実現しても、職員の方々がそれでは、手放しで喜ぶわけにもいきません。
やっぱり、身体拘束ゼロという理想は、途轍もなく、ハードルが高いのですね。

ハナさん* URL | 2016/11/28 23:48 [ 編集 ]

No title
> ハナさん*さん

拘束といってもピンキリで
センサーマットも
拘束とする病院もあります
窓などを開かなくすることも
拘束とみなされたりします
結局 勝手なものなんですよ…

でも身体拘束は
OK出しちゃうと
乱用されちゃいますからね
どうしても…

真夜中のカウンセリング URL | 2016/11/29 01:07 [ 編集 ]

No title
初めまして。失礼を承知で書かせて頂きます。
解ってはいるが…と書かれていますが、私はどうしてもあなたの意見には賛同できません。
医療現場とて、拘束などしなくて良いならしたくないのでは?必要だからしている訳で、家族の気持ちは解りますが、それならあなたが24時間診ているから拘束などしないでくれとすれば良いのでは?
何か有れば、現場の責任を問うのですから、必要ならするしかない…と思います。
現場にその様なクレームが有れば、上はその様にする様に指示せざるを得ず、その皺寄せは現場に来ます。それで体力や神経を磨り減らします。無理を通せば、何処かに皺寄せが行くのは必然です。
家族のその様な姿は見たく無かった…と有りますが、それをあなたが受入れられないから…、他人に無理を押し付けるのですか?何でも言えば良い…って事では無いのでは無いでしょうか?
私は、親族を肺癌で亡くしました。脳に癌が回り、暴れるので最後は拘束されていました。私も医療関係者ですから、それ迄の対応を見ていたら、とてもクレームを付ける気にはなれず、受け入れるしかないと思いました。

tar***** URL | 2016/12/02 22:01 [ 編集 ]

No title
> 真夜中のカウンセリングさん
そのようですね。
センサー(マット)の設置は、厚労省の「身体拘束ゼロへの手引き」に掲げられている、身体拘束の具体例には載っていませんが、母が入院している病院でも、抑制に含めています。

5月から6月にかけて、悪性リンパ腫の治療で入院した際には、センサーを設置することになったので、同意書にサインをしました。
その経験があったから、この件について、少しは予備知識があったのです。

確かに、一度同意書にサインをしてしまうと、それが免罪符になってしまいますね。

母の場合、法令で禁止されている身体拘束が、例外的に許される「緊急やむを得ない場合」に合致していた(三条件を満たしていた)のは、術後の数日だけでした。ですが、いまだに抑制は続いています。
介護施設だったら、違法になるところですね。
それでも、人手が足りないのはわかるから、仕方がないのだろうと、病院側の措置を受け入れています。
別に、病院にクレームなど、入れてはいないのですが。

↑↑↑
何やら、誤解されているようですね。

ハナさん* URL | 2016/12/04 05:15 [ 編集 ]

No title
↑↑↑

記念すべき、トータル100番目コメントの栄誉を、自分がもらってしまいました。
まぁ、100コメントとはいっても、その内の半分近くは、自身がしたリコメにすぎないのですが…。

ハナさん* URL | 2016/12/04 05:22 [ 編集 ]

No title
> tar*****さん
虚心に読んでいただければ、本記事は、以下のことを記していると、理解していただけると思います。

親の身体拘束された姿は、見たくなかった。

だが、病院に人手が足りないのは、わかる。

とはいえ、家族が常に付き添えと言われても、困る。無理だ。

だから、仕方がないこととして受け入れよう。

だが、身体拘束ゼロを実現している施設もあるという。全力で支持する。

「全ての施設が身体拘束ゼロを実現すべきだ」とか「実現していない施設はダメだ」とは、言っていません。
そも、病院にクレームなど、つけてはおりません。
本記事は、この件に関する問題提起です。

とはいえ。「Aと言うことは、Bと言っているのと同じ」と言い張る方がいることは、理解しています。
「自分にはこう読めた」というのであれば、それは仕方ありません。

医療関係者なら、ご存知だとは思いますが、身体拘束ゼロは、身勝手な患者家族が言っていることではなく、10年以上前から、国が掲げている方針です。
私は、厚労省の「身体拘束ゼロへの手引き」を読んだ上で、発言しております

ハナさん* URL | 2017/01/05 01:13 [ 編集 ]

No title
はじめまして。

この記事にあるように、身体拘束をされていまして、人工呼吸器や点滴を抜いたりしないように拘束をされていた本人です、どうぞ宜しくお願いします。

そうそう、僕も一時期、気が狂っていました、嫁さんはこれからどうしようと嘆いたそうですが、病院のスタッフに「いずれ正気になりますから」と励まされていたそうです。

それで、僕の個人的な意見ですが、「身体拘束」は必要だと思います。今のところ。

「事故」がないこと安全第一であることが最優先されると思います。尚、絶対安全な具体的に身体拘束ゼロの方法が発案されますとそのかぎりではありません。

身体拘束をされていた自分の意見では、「そんなことは、どうでもいいこと」になります。生きて生還できれば、人生丸儲けでございます。

なき URL | 2017/11/26 09:18 [ 編集 ]

No title
> なきさん

過去記事を閲覧していただき、ナイス!も幾つかいただきまして、ありがとうございます。

せん妄、大変だったようですね。
私自身、いずれあらためて記事を書くつもりですが、必要やむを得ない身体拘束は、あると思います。
仕方がないというよりも、必要=むしろするべき拘束というものは、存在するのだと。
なぜなら、私の父は、家族が付き添っているからと身体拘束をせずにいたために、点滴の管を抜いてしまい、それが故に死亡しました。
身体拘束をしていたら、もう少し生きられたはずなのに、です。

ただ、ここに記した母の話は、それとは性質を異にします。
本当に必要だったのは、ほんの一時期にすぎないのに、必要がなくなってからも、病院の都合で拘束を続けられた…という事情がありますので。

ハナさん* URL | 2017/11/26 16:30 [ 編集 ]


T

rackback

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Author:ハナさん*
2019.5.26付けで、Yahoo!ブログから移行してきました。
上記日付より前の記事は、Yahoo!ブログで書かれたものです。

移行から2年経過したのを機に、ブログタイトルを変更いたしました。
あわせて、紹介文も更新。

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「カテゴリ」からどうぞ

〔ブログ紹介文〕
誰もが、たやすく発信者となれるネット時代。

文章で社会改革ができると思い込んでいたのは、若さゆえの過ちにすぎない。
けれど。
それでもまだ私は、文章を公表することは、無意味ではないと信じたい。

私がここに記すのは、単なるつぶやきの類いではない。
社会に向かって訴えたいこと、公表する意味があると思えることのみだ。
若い頃のように気負い込んで、大声で叫ぶことはできないけれど。

病気ではなく、障害でもなくても。諸々と生きづらい、おひとりさま介護の日々においても、光を求めて!

〔自己紹介〕
高校1年で発症した神経症性障害(身体表現性障害[身体症状症]その他)を、40年近くかけて乗り越える。
校正者として、非正規雇用勤続30年。数年前から校閲の仕事も行う。

1990年代、森田療法の研究で学士号取得後、カール・ロジャーズの直弟子が講師であるカウンセラー養成講座で単位取得。
地元の民間心理相談機関でセラピストのインターンとなり、各種心理療法を学修するが、自分は援助職には向いていないことを痛感。

アニメーションの研究で修士号取得。
博士課程・単位取得満期退学。
現在、博士論文のテーマを再検討中。専門は、巨大ロボットものの予定。

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