40年近くかけて神経症性障害を乗り越えたものの、母親の介護で大変な日々の思いを発信しています。アニメの研究による博士号取得は、しばらくお休み。

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壊すのも人、救うのも人─人は人によりてのみ

6月上旬に、ある理由から、昨年の秋より継続してきた「ゴミ屋敷脱出作戦」を、中断することとなってしまった。
細々と、でも着実に積み重ねてきた治療実践が、たった数件のコメントによって、ぶち壊しになってしまった。

それは、ないコメントによって起きた事態ではない。それならばむしろ、まだ救いがある。
あくまでも善意のアドバイス、言ってみれば、あるコメントに対し、私が一人で勝手に傷ついたゆえに、生じたことである。そうであるからこそ、救いがない。

自分のためを思ってコメントしてくれた相手に、お礼を言うのではなく、アドバイスの自粛を要請する。それは、己の徳のなさの狭さを、自身に思い知らせることでしかなかった。

「人の善意を踏みにじり、厚意を拒絶する。そんなだから、お前には友だちがいないんだ」
そんな言葉が、頭のなかで響きわたり続けた。

身にゆとりがある時ならば、見当外れだったり独善的なアドバイスに対し、大人の対応をすることも不可能ではない。
その助言は、見当外れなのだということを、理路整然と説明するとともに、私のためを思って言ってくれたということに対しては、感謝の念を表明することもできただろう。

けれど、その時の私には、素人が犯しやすい過ち─の病の有り様を理解しようとせず、常識的な助言をしてしまう─を、スルーすることはできなかった。

その助言は、当人にはそんなつもりはなくても、私の懸命な努力や、必死の思いで成し遂げた成果を、否定するものでしかなかった。
の治療に関する素人には、そのような発言が、患者の心を踏みにじるものだということがわからない。
これ以上、そのような発言を続けられたら、自分は本当に、壊れてしまうと思えた。

だから、それ以上のアドバイスを控えてもらった。
その行為自体は、間違っていなかったと思う。相手の方も、快く要求を聞き入れてくれた。
けれどそれは、己の徳のなさに、自分自身が傷つく結果をもたらした。

ゴミ屋敷脱出作戦が頓挫したのは、そのコメントのせいではない。
拒絶過敏性(https://flowerhill873.blog.fc2.com/blog-entry-125.html
ゆえに、善意のアドバイスにも、過剰に傷ついてしまうという、私自身の問題ゆえだ。
そしてさらに、善意のアドバイスに対し、そのようにしか反応できない己というものを、私自身が許せなかったから。己の徳のなさというものを責めて、自分で自分を傷つけ、追い詰めたから。
ゴミ屋敷脱出作戦を続けるエネルギーが、枯渇してしまった。

そんなこんなで、6月以来、私の生活状況は、悪化の一途をたどっていた。
長い年月をかけ、必死の思いでよじ登ってきた氷壁を、滑り落ちはじめていた。
最近の記事が、介護〇人に関するものばかりになっていた点も、そうした状況の悪化を、如実に示しているだろう。

そのような状況の悪化は、6月以降、諸事情により、当ブログや某ゲームサイトでコメントのやり取りをしている方との交流が、疎遠になってしまったことも、関係するだろう。

そんな、本当に「もう〇メだ」と、口にしてしまいたくなるような状況において。
ひとつ前の記事にいただいたコメントは、慈雨のように心に染みわたった。
本当に、人の言葉は、心を壊すだけでなく、救いもするのだと感じた。

たとえどんなに善意によるものであっても、相手の心に寄り添わず、その人の今の在り方と思いを否定する言葉は、人の心を壊す。

けれど、相手の事情や心のわかり難さをわきまえた上で、何とか相手の心に寄り添おうとする営みは。
相手の現在の在り様を否定せず、思いを尊重しつつ、苦境を何とか理解しようとする態度から、発せられる言葉は、人を救う。
たとえ、見かけは似たようなアドバイスであったとしても、そこには雲泥の差がある。

壊すのも人、救うのも人。人は人によりてのみ。

そんな、いわゆるカウンセリングの代名詞であるクライアント中心療法の言葉を、痛感しているところだ。

これでたぶん私は、また少し、氷壁を登ることができるだろう。
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テーマ : メンタルヘルス
ジャンル : 心と身体

Tag :   ゴミ屋敷  介護 

C

omment

No title
心の優しさは
時に、自分を壊します。
苦しみは、
誰にも解らず
乗り越えてこそ
答えが出ます。
落ちる時には、落ちても良いと思う。
底から、踏み上がる気持ちが
あれば
落ちるのが
怖くて
逃げる
偽善者も沢山います。
それよか、まし。
(^_^)
限界突破の気持ちを知る人のみの
心意気!

乗り越えた数も無い
偽善者の心を知らなくても良いと思う。

ルール、マニュアルではなく
その時、その場所で
経験する、ひとりの人生

死ぬ前に
良い人生だったと
思えるよう。
次のステップへ
繋げて欲しいと思います。

ブログを通じ
不満や、ストレス、
解ってもらいたいって
そんな思いで、書いたりします。

ストレス解消の反面
笑えなくなります。

純粋に
笑ってこそ
人の道

たまーに
自分も、落ち込み記事を書きます。

しばらくすると!

いっけねー!

てっ!

削除したりします。笑


今日は、ちらかってます。(^_^)

アップダウンはある。笑

ほっこり堂 URL | 2018/07/17 20:10 [ 編集 ]

No title
> ほっこり堂さん

リコメも、思いつくままに、とりとめなく。

1980年代のアニメに、こんなセリフがありました。
「楽なやさしさは、人をころす」

残酷な真実を突いていると思いました。
他者に対するものも、他者から与えられるものにしても。楽なやさしさは無情なもの。
そのことを、あらためて思い出しました。
今の世の中、軽くて浅い、楽なやさしさに満ちあふれている気がします。
気軽にふりまくことで、自分はよい人間だと、いい気持ちになれるような、楽なやさしさが。

あと、中島みゆきの「ローリング」に、こんな歌詞があります。
∞∞∞∞∞∞∞∞
Rollin' Age 淋しさを
Rollin' Age 他人に言うな
軽く軽く 傷ついてゆけ

Rollin' Age 笑いながら
Rollin' Age 荒野にいる
僕は僕は 荒野にいる
∞∞∞∞∞∞∞∞

こんな風に、在るのが理想です。

あるいは、「風にならないか」。
これについては、いずれ歌詞を載せて語りたいと思っています。
風のように、とらわれず軽やかに、自由な心で生きてゆきたいです。

ハナさん* URL | 2018/07/18 23:19 [ 編集 ]


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プロフィール

ハナさん*

Author:ハナさん*
2019.5.26付けで、Yahoo!ブログから移行してきました。
上記日付より前の記事は、Yahoo!ブログで書かれたものです。

移行から2年経過したのを機に、ブログタイトルを変更いたしました。
あわせて、紹介文も更新。

*代用ゲストブックあり
「カテゴリ」からどうぞ

〔ブログ紹介文〕
誰もが、たやすく発信者となれるネット時代。

文章で社会改革ができると思い込んでいたのは、若さゆえの過ちにすぎない。
けれど。
それでもまだ私は、文章を公表することは、無意味ではないと信じたい。

私がここに記すのは、単なるつぶやきの類いではない。
社会に向かって訴えたいこと、公表する意味があると思えることのみだ。
若い頃のように気負い込んで、大声で叫ぶことはできないけれど。

病気ではなく、障害でもなくても。諸々と生きづらい、おひとりさま介護の日々においても、光を求めて!

〔自己紹介〕
高校1年で発症した神経症性障害(身体表現性障害[身体症状症]その他)を、40年近くかけて乗り越える。
校正者として、非正規雇用勤続30年。数年前から校閲の仕事も行う。

1990年代、森田療法の研究で学士号取得後、カール・ロジャーズの直弟子が講師であるカウンセラー養成講座で単位取得。
地元の民間心理相談機関でセラピストのインターンとなり、各種心理療法を学修するが、自分は援助職には向いていないことを痛感。

アニメーションの研究で修士号取得。
博士課程・単位取得満期退学。
現在、博士論文のテーマを再検討中。専門は、巨大ロボットものの予定。

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