40年近くかけて神経症性障害を乗り越えたものの、母親の介護で大変な日々の思いを発信しています。アニメの研究による博士号取得は、しばらくお休み。

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人の心は変わるもの

人の心というものは、月日の経過によって、変わっていくものだ。よい意味でも、悪い意味でも。
どんなに受け入れ難い現実も、時間が経てば、少しずつでも、受け入れられるようになる。そのペースには、個人差があるけれど。

こんなことを、あらためて認識したのは、自身が1年ほど前に記した文章を、読み返したからだ。
そこには、以下のように記されていた。

******************
【逃れられないもの】
私は、生涯を独りで過ごす人生を選んだ。
病気が治らないために、仕方なくそうしたのではない。たとえ、順風満帆の人生であったとしても、配偶者や子どもをもつ道などは、絶対に選択しなかっただろう。
生涯の夢を果たすためには、他人のために時間を費やしてなどいられない。
自分の人生における全ての時間を、生涯の夢に捧げても、それでも足りないと思えるくらい、壮大な目的を抱いてしまっていたのだ。
そう、「孤独でなければ 夢は追えない」(注)のだ。
新たな家族を得、家族のために生きる人生を、否定するつもりはない。そのような生き方をしている方々は、本当にスゴいと思う。
私には、到底できないことだから。

だが、現実はどうか。
10代で患った精神疾患を治せなかったために、進学・就職が思うに任せず、生涯の夢と直接的には関わりのない仕事に、就かざるを得なかった。
「人生の全てを、目的のために捧げる」という理想とは、かけ離れた生活をしている。
それでも、大学院に社会人入学して、修士号を取り、博士課程の単位取得もした。いくつかの学会にも所属した。
わずかずつでも夢に近づくことを、あきらめてはいない。

けれど。新たな家族を得ることは、拒否できたとしても、既にいる家族を、切り捨てることはできない。
老親の介助。同居している家の家事。それらから、逃げることはできない。
民法には、扶養義務が定められている。社会通念というものもある。
もちろん、世間から後ろ指をさされても、親の面倒はみないという選択も、不可能なわけではない。
だが、私には、それだけの度胸はない。施設に入れるだけの、お金もない。
だから、足りなくて困っている自分の時間を、家族のために費やすことから、逃れられない。
今はまだ、その現実を受け入れられず、怒りを覚える日々が続いている。

それでも。
いずれはそれを、受け入れざるを得ない日が、来るのだろう。受け入れることのできる日が、来るのかもしれない。
これまで、親にしてきてもらったことを、返す番になったのだと思えば、少しは気が楽になるのだろうか。

注:作詞・山川啓介 / 作曲・平尾昌晃 / 歌・渋谷哲平「わが青春のアルカディア」より  
******************

この頃はまだ、家事や親の介助をしなければならない現状を、受け入れることができず、来る日も来る日も、怒りを感じ続けていた。
それが、どれほど身勝手なことであるか、理屈ではわかっていても、自身がそのように思ってしまうことは、止められなかった。
あるべき自己と、かくある自己とのギャップに悩み、怒り続ける毎日に疲れ、ある小規模 SNSの、「みんなの日記」コーナーに載せるつもりで、このような文章を記したのだ。
(結局この文章は、SNSには掲載しなかった。そのSNSが、私にとって、安心して語れる場ではなくなっていたからだ。)

それから約1年後。現在の自分はどうだ。
少なくとも、親の介助・介護や、家事をしなければならないことへの怒りは、感じなくなっている。
そのような現実を、受け入れるに至ったのだ。
私の、環境への適応力・順応力は、かなり低い方だ。
それでも、「いつかはそうなれる日が来る」と期待した日は、確かに来たのである。

人の心は、少しずつでも、変わっていけるものである。今は無理でも、近い将来にはきっと。
そんな事実を示してみたいと思い、自分の恥になることを、語ってみた次第である。
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C

omment

No title
人生において、ダメなものって ないのでは?
上手くはこぶ事だけが良い事ではなく、強いて言うなら、どんな時も自分を肯定していける事が、今は大切な事だと思っています。
思うように出来ない時は誰でも苛々しますし、いま何かを成せない自分をダメだと思う事もありますが、ハナさんが仰るように人は適応していけます。
よりよく変えていきたい欲望はエネルギーであり、自己を叱責するのは反省です。
ハナさんは一年で適応されていて、順応力高いですよ(笑)
お互いに自分に無理をさせ過ぎず、頑張っていきましょうネ!

イリューシン URL | 2016/11/14 12:42 [ 編集 ]

No title
ハナさん*さんがこの場で語られた心の変化、恥と言うものなどではなく、勇気あることだと思いました。

法華経の中にある教えで、天台や日蓮宗の究極の理念として、一念三千という概念があります。
非常に難解な解釈で、私ごときが凡夫が説明できることではないのですが、極言するなら、瞬きする間にも人の心は三千世界をめぐり、最終仏界に至るというものです注)。
ですから経験を積むことで、ハナさん*さんのお心のありようも自然と変わっていったのでしょう。
それも良い方向に。

私も私と母の関係も、そして学生時代からの夢だった仕事を辞めざる負えなくなり地に落ちた私の心も、病気との在り方もきっと良い方向に変わっていくと信じています。

そうやって人は生きていくのだと思います。

追記:致命的な誤植、一年三千→一念三千、があったので再投稿させてさせていただきました。
私もかなりまいっているようです。大変失礼しました。

注)できればきちんとした本か、その道の人に確認ください。

ももの URL | 2016/11/14 20:47 [ 編集 ]

No title
…その同じ場所(SNS)に、
また近しい立場にいるものとして、
いろいろな葛藤なり、時間経過により変化していくものがある、というのも理解できます。

ご存じのとおり、私もそうです。
1年前の私は、家の全てを引き受けようとし、
そのために仕事を辞める決意をし…

ところが、そうではない選択をし
今では「できないこと」は
助けを借りるという
手段を選べるようになり

仕事の上ではステップアップと新しい
上司と出会うことができた。

もちろん自分で選択したことです。
今は「この選択は間違いではなかった」と。

それもハナさん*はじめ
あのSNSで出会った皆さんに
助けていただいたのは本当に大きかった。

あの場でも年末に改めてお礼を述べようと
考えていたのですが…
今、ハナさん*に「本当にありがとう」と
<(_ _)>

min*_*lue*200 URL | 2016/11/14 21:23 [ 編集 ]

No title
> イリューシンさん
「今はダメ」というのは、あくまでも、「今はまだ、変わることができない」という、「不可能」を示すものでした。
決して、「今の自分(の状態)はダメである」という、「評価」「否定」を語った言葉ではありません。
そして、この言い回しは、『ヤマトよ永遠に』のラストで、サーシャの残留思念が語った「…その思いは少しずつ積み重なって、今はダメでも…」のセリフを、念頭に置いたものでした。

けれど、どうしても、このセリフに似せる必要はありません。
なので、こうした読みが成立するとわかった以上は、それを避けるため、以下のように変えようと思います。

「今はダメでも」→「今は無理でも」

ハナさん* URL | 2016/11/20 03:12 [ 編集 ]

No title
> min*_*lue*200さん

こういうときは、変に謙遜することなく、素直に「どういたしまして」と、言えばよいのでしょうか。

「こんなとき、どんな顔をすればいいのかわからない」という、『エヴァ』の綾波のように、「こういうときは、どう答えればよいのか」がわからないという、ソーシャルスキル低すぎの私です。

あちらでの交流が、そうした自分の人間関係のリハビリ&ソーシャルスキル・トレーニングになると、期待した時期もありました。
結果は、より深く傷ついて、ネット上での交流不能に陥る始末でしたが。
何度も傷ついて、その度にリトライするというのも、よい経験ですね。
しばらく休んでも、待っていてもらえ、復帰すれば、温かく迎えてもらえる。
よい場所ではあります。

ハナさん* URL | 2016/11/20 03:27 [ 編集 ]


T

rackback

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プロフィール

ハナさん*

Author:ハナさん*
2019.5.26付けで、Yahoo!ブログから移行してきました。
上記日付より前の記事は、Yahoo!ブログで書かれたものです。

移行から2年経過したのを機に、ブログタイトルを変更いたしました。
あわせて、紹介文も更新。

*代用ゲストブックあり
「カテゴリ」からどうぞ

〔ブログ紹介文〕
誰もが、たやすく発信者となれるネット時代。

文章で社会改革ができると思い込んでいたのは、若さゆえの過ちにすぎない。
けれど。
それでもまだ私は、文章を公表することは、無意味ではないと信じたい。

私がここに記すのは、単なるつぶやきの類いではない。
社会に向かって訴えたいこと、公表する意味があると思えることのみだ。
若い頃のように気負い込んで、大声で叫ぶことはできないけれど。

病気ではなく、障害でもなくても。諸々と生きづらい、おひとりさま介護の日々においても、光を求めて!

〔自己紹介〕
高校1年で発症した神経症性障害(身体表現性障害[身体症状症]その他)を、40年近くかけて乗り越える。
校正者として、非正規雇用勤続30年。数年前から校閲の仕事も行う。

1990年代、森田療法の研究で学士号取得後、カール・ロジャーズの直弟子が講師であるカウンセラー養成講座で単位取得。
地元の民間心理相談機関でセラピストのインターンとなり、各種心理療法を学修するが、自分は援助職には向いていないことを痛感。

アニメーションの研究で修士号取得。
博士課程・単位取得満期退学。
現在、博士論文のテーマを再検討中。専門は、巨大ロボットものの予定。

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