40年近くかけて神経症性障害を乗り越えたものの、母親の介護で大変な日々の思いを発信しています。アニメの研究による博士号取得は、しばらくお休み。

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置かれた場所で咲いてしまった─収入よりやり甲斐を

現在の職場で、校正者としてパート勤務を始めてから、丸26年〔注:2019年においては27年〕が経過してしまった。
まさに、「…てしまった」と言うしかない状況である。本来ならば、社会復帰訓練のため、せいぜい2、3年勤めるだけのはずだったのであるから。

できるだけ早く病気を乗り越え、フルタイムで働けるようになって、同業他社に正社員として就職するつもりだった(現在の職場は「非正社員の正社員登用は絶対に行わない」と言明している)。
正社員として就職することこそが、社会復帰を果たすことであり、そうなってはじめて、生涯の夢に向かっていくことも可能になる。そう、思い続けていたのだ。

けれど、どれ程がんばっても、身体症状の辛さに耐えてフルタイムで働けるようにはならず、社会復帰の目処は立たなかった。
「こんな所でこんなことを続けるくらいなら、死んだ方がマシだ」と思い、無理矢理にフルタイムの勤務をしたら、無理がたたって、身体の病気で死にかけたこともある。

だが、「一時は、死にかける程の無理もした」「死にもの狂いの努力をした」というのも、言い訳にすぎない。
大学院に社会人入学し、研究者として身を立てることを試みたというのも、結果としてものにならなかった以上、言い訳にもならない。
結果として、病気を乗り越えることができず、現在も正社員として就職できていないことに、違いはないのだ。

病状が重くて、障害認定を受けられる方からしてみれば、非正規雇用であろうが、とにかく働きに出ることができて、働き続けられるというのは、うらやましいことであるという。
https://flowerhill873.blog.fc2.com/blog-entry-56.html

https://blogs.yahoo.co.jp/chp31240/65872612.html

そのような感じ方を、否定するつもりはない。
だが、世間一般の尺度からすれば、正社員として就職することもできず、年収が200万円程度でしかない者というのは、ただそれだけの「ダメな奴」にすぎないだろう。
労働の対価であるはずの収入が、その程度でしかないということは、ある観点からすれば「私の価値はその程度のものでしかない」ということになってしまうのである。
(もちろん私は、そのような価値観に全面的に賛同しているわけではない。だがこの世には、そうした価値観が存在し、収入のみで人を評価する風潮があることも、確かな事実である。)

そう、非正社員の社会的な地位というのは、その程度のものでしかない。
それでも私には、「収入よりも働き甲斐の方を優先して仕事を選びたい」という欲求もある。
5、6年前になってようやく、「少し無理をすればフルタイムで働ける」までに症状が改善しても、同業他社に正社員の口を求めていかなかったのは、そのためでもある。

現在の職場ならば、毎日のように、首都圏の有名出版社や大学出版会の仕事を、手がけることができる。
市内の同業他社では、この種の仕事に、これだけの頻度で関わることはできない。
執筆者や編集者が見落としていたミスを、印刷に回す直前の段階で発見し、出版社に感謝される…などという喜びは、他社ではたぶん、味わえない。

現在の職場は、非正社員の正社員登用は絶対に行わない。つまり、ここに居続けるということは、「定年まで非正規のままでいる」ということである。
だが、「この仕事ができるのなら、それでも構わないかも」とすら、感じはじめている。
老後の孤独死のリスクよりも、仕事のやり甲斐の方が大切。そんな気がするのである。

勤めはじめた頃は、東京の出版社の仕事にもたずさわれなかった。仕事も、全てを原稿通りにするだけの、何の知識も要らず、何も考えずにできるような、単純作業ばかりだった。
「こんなことを続けていたら、私は日に日に○カになってしまう」という、危機感に苛まれる毎日だった。

けれど、20年を越える年月の経過は、職場の状況を一変させた。仕事の内容は大きく変わり、校正者に求められる技能や知識も、激変した。
自分に適した職場を、他所に探していかなくとも、職場の方が、私に合ったもの─私の能力を活かせるもの─に変化してくれた、という感じなのである。

そうした思いは、会社の新規事業として校閲の仕事が導入され、その仕事を任されるようになってから、ますます強くなってきた。
グループ会社のみならず、関連会社全体において、この仕事を十全にできるだけの知識を有しているのは、私だけである(ダテに、博士課程まで進んではいない、ということだ)という状況は、やり甲斐がある反面、負担でもある。
「自分しかできない仕事を、納期に間に合うように、かつ、お客様の期待に応えられるレベルで、仕上げなければならない」ということのストレスは、とてつもなく大きい。

はっきり言って、「こんなにも苦労しているのに、年収200万円では合わないよ」と感じることもある。安い給料で、うまく使われてしまっていると、感じないこともない。

それでも今は、収入よりも仕事のやり甲斐の方を選びたい。出版者の編集担当の方に、自分の仕事と能力を評価してもらえていることを、喜びたい。

私の年齢は50歳を過ぎ、親の介護のために、いつ介護休職が必要になるかも、わからない状況になってしまった。
もはや、転職などは望むべくもないのである。
おそらく、定年まで、ここに居続けることになるだろう。
だが今は、そのことを、それほど嫌だとは思わない。

現在の会社は、単なる通過点だからと、選り好みすることもなく、勤めはじめたものである。居心地がよかったわけではなく、次のステップに進めないがために、仕方なく居続けただけの場所である。
けれど気がついたら、私はその場所で、きれいな花を咲かせてしまっていた。

もしかするとそれは、内心では「こんな所」と思いながらも、真面目に、精魂込めた仕事をし続けてきたことが、評価された結果なのかもしれない。
どんな所においても、日々の生活をなおざりにせず、真面目に誠実に努めていれば、いつかは報われる時が来る。
私のこれは、そういう話であるのかもしれないと思う。


オリジナル投稿日時
2018.3.20. 0:51:45
最初に表示される記事とするため、未来の日付で再投稿
6.4に、3番目に表示される記事とするため、日付を変更し再投稿
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テーマ : 病気と付き合いながらの生活
ジャンル : 心と身体

Tag : 校閲  非正規  身体症状 

C

omment

No title
校正者の具体的な仕事の内容が解っていないんですが・・・例えば作家さんが書いた原稿をゲラ刷りしたものを印刷前にチックをする? 誤字 脱字 正しい用語の使い方 体裁の修正など?
ん~PCなんかでよく思うのはひらがな打ち込みを漢字に転換する時に上手く必要な漢字が出てこない プログラムを作った人間は日本語知らんのか?と思うくらいのことがあります(笑)
例えば 日本の製造業ってどんどんロボット化していますが 機械が出来ない繊細な部分を職人と言われるプロが 様々なところで支えて来ているんですね 海外で日本製品の評価が高いのはそうところだと思います
校正の仕事ってきっとそうした一つなんだろうな~と思います
ますますのご活躍を!

コロン URL | 2018/03/20 18:49 [ 編集 ]

No title
今まで外注として仕事をしていましたが会社が儲からないという理由で、親会社に出向になりました。私は病気と格闘しながらの仕事でしたので、普通に稼げなかったのでしょう。しかし親会社に行っても同じ職種。同僚は、全く違う職種で出向です。私はまだ認めて得貰えていたと思って良いのかなと、このブログを見ながら思いました。この職種で花を咲かせるのもありかなと。
実際心機一転他職種へ転職も考えていましたが、考えさせられてしまいます。
良いタイミングで、良い日記と出会えました。
再度、多角的に考えてみようと思います。ありがとうございました。
病気と付き合って私は11年です。これからも長いので、よく考えないとですね。

ももたろす URL | 2018/03/20 21:23 [ 編集 ]

No title
ハナさん
はじめまして。😉。
そうでしたか・・・・

とても大変でしたね。
どうか お大事にされてくださいね!☆♪いつもありがとうございます。

川崎香 URL | 2018/03/21 14:32 [ 編集 ]

No title
面白い、で。読んでます。

tan**26akir* URL | 2018/03/21 15:26 [ 編集 ]

No title
> コロンさん

校正者の仕事内容。そのご理解で、ほぼ合っています。
ただ「校正」だと、基本的に「筆者の原稿」や「編集者の指定」の通りに組版されているか、のみをチェックします。

「この表現は、日本語としておかしいですよ」「これって変換ミスじゃありませんか?」みたいに、原稿の誤りや不備を指摘することまでできるのは、「校閲」ですね。

当社の場合は、ずっと校正のみをやっていたわけです。
ただ私は、入社以来、校閲的なこともしてしまっていて、お得意さまに評価されていたみたいなので、近年になって、校閲も業務として始めたのです。
で、その仕事を私が任されるている、という次第です。

以前、『校閲ガール』のドラマが放送されていた頃、「校正・校閲なんて、そのうち、コンピューターでできるようになるだろう」などと言う人がいましたが、トンでもない!
ワープロソフトの校正機能や、市販の校正支援ソフトを使ってみれば、現時点における人工知能が、いかにツカエナイ代物か、わかります。

ハナさん* URL | 2018/03/24 16:03 [ 編集 ]

No title
> ももたろすさん

お役に立てたようで、光栄です。

どのような道を選択するかは、最終的には、本人が決めることです。
どの選択肢が最善なのかは、ありとあらゆる事情を総合考慮して、熟慮しても、なかなかわかるものではないでしょう。

ある時点では、最善だと思って選んだ道が、あとから考えてみたら、少しも最善ではなかった…などということも、人生には少なくありません。

それでも、本当に熟慮した上で、本心から選んだ道であるならば、たとえ後で誤りだったとわかっても、後悔は少ないと思います。少なくとも、私はそうでした。

何よりも重要なのは「自分はどうしたいのか」ということ。
「自分の人生において、自分は何を求めているのか。何に価値を置いているのか」ということに照らして、考えてみることだと思います(私の場合は、「やり甲斐>収入」の結果、本記事の選択になりました)。

ハナさん* URL | 2018/03/24 16:18 [ 編集 ]

No title
> sar****さん

本当に、ありがとうございます。

私はずっと、この「いたわりの言葉」を、求めていたのだと思います。

それを得ることができなかったばかりに、それを得られない悲しさ・寂しさや怒りを晴らすために、死にかける程の無理をすることにもなってしまいました。

いたわりの言葉を、なかなか得られないのは、「一見、辛そうでも苦しそうでもないから」だと思います。
Yahoo! ブログには少なくない、苦しみを訴えたり、愚痴を語るような記事を書くことはよしとせず、「『前向きにがんばっていて、うまくやれている』ように見える」記事ばかりを書いているから、なのだと。

それでも、今回、この言葉をいただいてみて、やはり私は、この言葉を切望していた─必要としていた─のだと、痛感いたしました。

ハナさん* URL | 2018/03/24 16:31 [ 編集 ]

No title
> tan**26akir*さん

かなり古い記事も、たくさん閲覧していただきまして、ありがとうございました。
そして、数多くのナイス!も、ありがとうございます。

本当に、よい、ないし面白いと思っていただけた上でのナイス!であると感じ、光栄に思っております。
これからも、よろしくお願いいたします。

ハナさん* URL | 2018/03/24 16:36 [ 編集 ]

No title
こんばんは。収入だけで人の価値を決めてしまうのは大間違いでしょう。顧客に感謝され上司に認められ、この仕事が出来るのは自分一人だけ。そう言う成果も生まれています。非正規で働いておられる方々が如何に多いことか。
でもいつかは夢をかなえたいですね。

kiyoi08 URL | 2018/03/24 19:41 [ 編集 ]

No title
> kiyoi08さん

コメント、ありがとうございました。

今の世の中、お金が全てではないにせよ、せめて普通に生活していける程度の収入は、確保したいものです。
けれど非正規雇用では、それすらも難しいのが現実です。
私も、親の持ち家に同居している状況だからこそ、「収入よりやり甲斐を…」などと言えるのかもしれませんから。

非正規雇用者を全て正社員にするのは、企業の立場からすると無理。
ならば、非正規雇用でも生活していけるような世の中にするべきだ…という主張もあります。

自分の夢を追い求めるのは、母親を見送ってからになるでしょうね。

ハナさん* URL | 2018/03/24 21:35 [ 編集 ]

No title
初めまして、突然コメントを入れて申し訳ありません。
でも、どうしても話がしたくてコメントを入れました。
ハナさんの今までの経歴は、本当に素晴らしいものだと思います。
常に努力を重ね、前向きに我慢を重ね、おそらく泣き言など言ったこともないでしょう。
文面からも悔しさが溢れています。しかし、自信も溢れている。
僕には何となくわかります。
でも、正社員でないから、収入が低いからと、それで人の価値が決まるものではありません。もしそうなら、お金持ち以外は全てダメ人間になってしまいますよ。お金持ちでも地位が高くとも、人としてダメな人間は沢山います。そして、周りの人は皆あなたを必ず見ていますよ。だからこそ今、あなたの席がそこにあるのではないでしょうか?
僕も今は正社員ではありません。収入もかなり低くなりました。
でも、今のやりがいのある生活のほうが楽しいです。
ハナさん、胸を張ってください。そしてお互い、もっと努力をしましょう。前を向きましょう。死ぬまで人間の価値なんてわかりませんから。

初コメントで、生意気なこと言ってすいませんでした。

yossie URL | 2018/03/26 22:01 [ 編集 ]

No title
> yossieさん

熱いコメントを、ありがとうございました。
私のためを思って書いてくださったことは、伝わってきました。
なので少々、当惑しております。

私は本記事に「世間一般の尺度からすれば…にすぎない」「ある観点からすれば…ということになってしまう」と記しました。
けれど同時に、「私は、そのような価値観に全面的に賛同しているわけではない」とも明記しました。

この世には、そうした価値観が存在し、それのみで人を評価する風潮があることも、確かな事実だと述べました。
けれど、「私自身が、自分のことをそのように評価している」とは、言っておりません。

そのような現実があるということは、認識しています。
けれど私は、その価値観を、肯定してはいないのです。
「認識」には、認の字が含まれてはいます。しかしそれは「それでよいと認める=肯定する」という意ではありません。

「全面的に賛同しているわけではない」というのは、婉曲表現にすぎません。
「自分は、世間一般の判断基準からいったら、こんなものにすぎないということも、理解してはいるよ」と、謙遜しているのです。

ハナさん* URL | 2018/03/27 21:55 [ 編集 ]


T

rackback

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プロフィール

ハナさん*

Author:ハナさん*
2019.5.26付けで、Yahoo!ブログから移行してきました。
上記日付より前の記事は、Yahoo!ブログで書かれたものです。

移行から2年経過したのを機に、ブログタイトルを変更いたしました。
あわせて、紹介文も更新。

*代用ゲストブックあり
「カテゴリ」からどうぞ

〔ブログ紹介文〕
誰もが、たやすく発信者となれるネット時代。

文章で社会改革ができると思い込んでいたのは、若さゆえの過ちにすぎない。
けれど。
それでもまだ私は、文章を公表することは、無意味ではないと信じたい。

私がここに記すのは、単なるつぶやきの類いではない。
社会に向かって訴えたいこと、公表する意味があると思えることのみだ。
若い頃のように気負い込んで、大声で叫ぶことはできないけれど。

病気ではなく、障害でもなくても。諸々と生きづらい、おひとりさま介護の日々においても、光を求めて!

〔自己紹介〕
高校1年で発症した神経症性障害(身体表現性障害[身体症状症]その他)を、40年近くかけて乗り越える。
校正者として、非正規雇用勤続30年。数年前から校閲の仕事も行う。

1990年代、森田療法の研究で学士号取得後、カール・ロジャーズの直弟子が講師であるカウンセラー養成講座で単位取得。
地元の民間心理相談機関でセラピストのインターンとなり、各種心理療法を学修するが、自分は援助職には向いていないことを痛感。

アニメーションの研究で修士号取得。
博士課程・単位取得満期退学。
現在、博士論文のテーマを再検討中。専門は、巨大ロボットものの予定。

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